新型コロナウィルスのパンデミックが止まらないアメリカ。本記事執筆時点で累計感染者数771万人、死者数21万5千人を記録したアメリカは、ついに現役の大統領が感染するという想定外の事態を迎えた。パンデミックは飲食業などの接客を伴うビジネスを直撃し、事業縮小や廃業などに追い込んでいる。そうした中、ある事業再生スペシャリストが、経営破綻した名門レストランチェーンを再生させるプロジェクトに着手している。事業再生スペシャリストは、どのように破綻レストランを再生させるのか。現況をお伝えする。

 

コロナで経営破綻した名門レストランチェーン

アメリカで新型コロナウィルスのパンデミックが広がり始めた今年3月、ある名門レストランチェーンが米国連邦破産法第11条(日本の民事再生法に相当)を申請、経営破綻した。経営破綻したのはテネシー州を拠点に全米で261店舗のレストランを運営するクラフトワークス・ホールディングスだ。同社は、ステーキハウスのローガンズ・ロードハウス、シカゴピザのオールド・シカゴ、クラフトビールバーのゴードン・バーチ・ブルワリーなどの複数のブランドのレストランを運営していたが、新型コロナウィルスのパンデミックにより売上が激減、経営破綻した。

破産法第11条申請時点では、破綻後に新たな融資を受けることでの自力再生を目指していたが、融資を行う金融機関が現れず、結局自己破産に追い込まれた。雇用していた従業員1万8千人は、残務処理を行う25名を残して全員解雇され、261店舗はすべて事業を停止した。クラフトワークスの店舗はそのまますべて廃業するかと見込まれていた中、同社の事業再生に手をあげる会社が現れた。投資会社フォートレス・インベストメントグループ傘下のレストラン運営会社のSPBホスピタリティだ。そして、クラフトワークスの事業再生に向け、同社が白羽の矢を立てたのが飲食店の事業再生スペシャリストのジム・マザニー氏だ。

事業再生スペシャリスト、ジム・マザニー氏

ジム・マザニー(Jim Mazany)氏は、25年の経験を持つ飲食店経営のプロだ。SPBホスピタリティのCEO着任前は経営破綻したカニ料理レストランのジョーズ・クラブシャックのCOOを務め、長らく赤字だった同社の経営を黒字に転換し、立て直しに成功している。同社の事業再生前は、同じく赤字経営が続いていたカジュアルレストランチェーンのファズ・サザンキッチンのCEOを務め、事業を再生させている。さらに同社の事業再生前は日本にも店舗のある大手ファミリーレストランチェーンのTGIフライデーズのCOOを務め、125店舗の経営統合を指揮するなどして同社の事業再生を果たしている。

飲食店の事業再生のスペシャリスト中のスペシャリストというべきマザニー氏だが、同氏はどのようにしてクラフトワークスの事業を再生するのか。しかも、新型コロナウィルスのパンデミックという飲食店にとって極めて難しい状況の中でだ。

メニュー戦略を見直し、低価格高バリューへ

クラフトワークスの事業再生についてマザニー氏は、まずはクラフトワークスの店舗が持つブランド資産の価値についてコメントしている。マザニー氏は、ローガンズ・ロードハウス、オールド・シカゴ、ゴードン・バーチ・ブルワリーといった店舗のブランドに注目し、「これらのブランド資産をベースに強固な事業基盤を再構築し、それらにとってふさわしい業界ポジションを確立する」とコメントしている。経営破綻したとはいえ、長年守られ築かれてきた店舗ブランド資産には相応の価値があると判断しているのだろう。

マザニー氏はまた、新たなメニュー戦略の策定も計画している。マザニー氏によると、ローガンズ・ロードハウスが位置するステーキハウスの業界セクターにおいては一人当たりの平均顧客単価が23ドル(2020年10月6日現在:約2,438円)程度となっているが、マザニー氏は、一皿10ドル(2020年10月6日現在:約1060円)程度の低価格高バリューメニューを打ち出し、市場シェアを一気に奪取する戦略を想定している。新型コロナウィルスのパンデミックが収束の兆しを見せない中、飲食業ではさらなる価格競争が続くと見ているマザニー氏は、「2021年になっても顧客の低価格志向はさらに進むでしょう。消費者はそれを求めているのです」と判断している。


オフプレミスメニューを強化、ミールボックスも登場

飲食店におけるソーシャルディスタンシングが求められる中、デリバリーやテイクアウトなどのいわゆるオフプレミスメニューの強化も打ち出している。クラフトワークスのすべての店舗は、3月の破産法第11条申請時に営業を停止しているが、クラフトワークスを買収したSPBホスピタリティは4月24日からすべての店舗の営業を再開している。営業を再開した店舗ではUber Eatsなどのデリバリーサービスとの連携を強化しながら、特にデリバリーメニューを強化している。

デリバリーメニューでは、家庭で楽しむバーベキューセットやスモーク用サーモンセットなどのファミリーミールボックスが特に人気で、店舗の売上に大きく貢献している。飲食店の店内ではなく、家庭で飲食店の味を楽しむトレンドがより顕著になっていることの反映だが、SPBホスピタリティによると、ローガンズ・ロードハウスのオフプレミスメニューの売上は、前年比200%の伸びを記録しているという。

マザニー氏は、今後はサードパーティーのデリバリーサービスではなく、各店のスタッフが直に家庭に料理を届けることを検討しているという。「それにより、我々はお客様へのサービス全体をマネージすることが可能になります。お客様が注文し、キッチンスタッフが調理し、ウェイターがご家庭へお届けする。それが飲食業の新たな日常になります」とコメントしている。

閉鎖が続く大手レストランチェーン

マザニー氏がクラフトワークスの事業再生に奮闘する一方、アメリカの飲食業界は依然として厳しい状況に置かれている。新型コロナウィルスのパンデミックにより、これまでにカリフォルニア・ピザキッチン、チャックEチーズピザ、シズラーなどのレストランチェーンが連邦破産法第11条を申請し、経営破綻している。経営破綻に至らないまでも、多くのレストランチェーンが一部の店舗を閉鎖するなど、事業縮小を余儀なくされている。

厳しい状況が続く飲食業界において、マザニー氏のような事業再生スペシャリストの存在と活躍は、一縷の希望の光に見えるかもしれない。マザニー氏によるクラフトワークスの事業再生は始まったばかりだが、世界中の業界関係者が同氏の一挙手一投足を見守っている。同氏とクラフトワークスの今後に大いに注目したい。

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参考URL:
https://www.fsrmagazine.com/chain-restaurants/turnaround-expert-takes-helm-logans-roadhouse-old-chicago
https://www.offers.com/blog/post/restaurant-closings/