連日のようにニュースで報じられる物価高騰。その対策として、「食料品の消費税を0%にする」ことをテーマのひとつとした国民会議も開催されています。
このニュースを聞いて、飲食店経営者や店長の中には「食材の仕入れにかかる消費税がなくなるなら助かる!」「お客様の財布の紐も緩むかもしれない!」と、ポジティブな印象を抱いている方もいるかもしれません。
しかし、結論から言います。もしこの「食料品0%」が実現した場合、飲食店の経営は今よりもはるかに厳しい状況に追い込まれる可能性が高いです。
本記事では、一見するとメリットに見える「食料品の消費税0%」が、なぜ外食産業にとって致命的なトラップになるのか。その数字のカラクリと、ルールが変わっても生き残るために、今から経営者が打つべき「具体的な防衛策」を徹底解説します。
飲食店の消費税が「預かり金」という罠
「仕入れの税率が下がれば仕入れ価格が下がるのに、経営面でリスクがあるのはなぜ?」と思われるかもしれません。それを理解するために、まずは消費税の基本構造を簡単におさらいします。
多くの経営者の方はご存知でしょうが、消費税はお客からいただいた分すべてを国に納めるわけではありません。商品を売ったときにお客が払った消費税額から、仕入や経費で支払った消費税額の「実額」を差し引いて納税額を算出します。
- 預かった消費税:お客の飲食代金に含まれる10%(テイクアウトは8%)
- 支払い済みの消費税:食材の仕入れ、家賃、光熱費、システム利用料などに含まれる消費税
例をあげてみます。店内飲食のみの店舗です。
- 年間売上が1,000万円(税抜き)
- 預かった消費税 100万円(10%分)
- 食材や家賃などに消費税を70万円支払っている
この場合、国に納める消費税は【100万円 - 70万円 = 30万円】となります。
この納税時にすでに支払った分を差し引く仕組みを「仕入税額控除」と言います。
飲食店にはさまざまな経費が必要ですが、最も大きいのが食材の仕入れです。一般的には4割程度とも言われています。「仕入税額控除」が、店舗の税負担を和らげるクッションの役割を果たしていると考えると、食材がもっとも大きなクッションだと言えるのです。
簡易課税制度とみなし仕入率
ここで、売上5,000万円以下の事業者のみに適用される「簡易課税制度」についても説明しておきます。これは事業内容によってあらかじめ「みなし仕入れ率」が決められていて、消費税の計算を簡易的に行えるものです(簡易課税制度)。
飲食店は60%を仕入れ率として計算します。前述の数字に当てはめるなら、売上げ1,000万円、消費税100万円の場合、60%が仕入れ率として計算し、残り40%分、つまり40万円を納税することになります。
なぜ「食料品0%」で飲食店の【納税額】が跳ね上がるのか?
ここからが本題です。もし、政治の場で議論されている「食料品の消費税0%」が導入されたら、飲食店の会計はどうなるでしょうか?
スーパーや食料品店はもちろん、卸し業者で買う野菜も肉などの食材はすべて「消費税0%」になります。「それなら仕入れが安くなる!利益が増える!」と喜ぶのは早計です。
なぜなら、食材の仕入れにかかる消費税が0になるということは、先ほどの「仕入税額控除」という納税時のクッションが消滅することを意味するからです。
預かった消費税100万円の場合で計算してみましょう。実際には皿などの備品や水光熱費、家賃等にも消費税がかかっていますが、ここでは分かりやすくするため、食品の仕入れにかかった消費税だけを計算します。
【現状|仕入れに軽減税率8%がかかる場合】
- 預かった消費税:100万円
- 支払い済みの消費税:約32万円(食材原価40%に消費税8%がかかる計算)
- 決算時の納税額:100万円-32万円=68万円
(実際の納税時には、他の仕入税額控除も計算されます)
【食料品消費税が0%になった場合】
- 預かった消費税:100万円(店内飲食は10%のまま)
- 支払済みの消費税:0円(食材仕入れが0%になるため)
- 決算時の納税額:100万円-0=100万円
(実際の納税時には、他の仕入税額控除も計算されます)
お分かりでしょうか。仕入れ時の消費税の支払いが減るため、日々の現金や銀行口座の預金にはお金が残っているように見えます。しかし、それは「利益」ではなく、あくまでも国に納めるべき消費税を一時的に預かっているだけ。この金額が増えただけなのです。
「黒字倒産」の引き金とインボイスの追い打ち
飲食店の多くは、日々の売上を仕入れやスタッフの給与などの運転資金に回す、「自転車操業」が普通です。となると、口座にお金が残ることで「余裕がある」と錯覚し、アルバイトの時給を上げ、設備投資に使ってしまう経営者は少なくありません。
そして決算期。税理士から「今年の消費税の納税額は、昨年の倍近くになります」と告げられ、青ざめるのです。これが、手元資金がショートする「黒字倒産」の典型的なパターンです。
さらに、2023年から始まったインボイス制度により、免税事業者(市場の小さな八百屋や個人農家など)からの仕入れは、すでに仕入税額控除が制限され始めています。ただでさえ税負担が重くなっているところに「食料品0%」が重なれば、資金繰りの悪化は火を見るより明らかです。

店内10% vs 持ち帰り0%。オペレーション崩壊の危機
飲食店では、財務面の恐怖だけでなく、現場のオペレーションにも大きな打撃が起こります。
現在でも「店内飲食10%・テイクアウト8%」という軽減税率の差によって、レジ対応は複雑化しています。これが「10%と0%」になれば、その価格差は圧倒的です。
1万円の会計なら、店内で食べれば11,000円。持ち帰れば10,000円です。1,000円もの差が出れば、消費者の行動は確実に変わります。
「持ち帰りで(0%で会計)」と言って商品を受け取り、そのまま店内のテーブルに座って食べ始めるお客もでてくるでしょう。そこには「子どもがぐずって」などの理由があることも考えられますが、中には消費税を払いたくないからとあえて持ち帰りという人もでてくるはずです。
これに対して、スタッフが「店内でのお召し上がりの場合は10%になりますので、差額を頂戴します」と注意できるでしょうか?
中には、他のお客との口論やクレームに発展したり、ネット上に低評価の口コミを書かれたりするリスクを負わなければなりません。これは現場の疲弊につながります。
また、POSレジのシステムも「0%」に対応させるためのアップデートや改修費用が必要になり、店舗にとっては物理的・金銭的なコストが二重三重にのしかかります。さらに、混乱を避けるためと目的で内税とし、イートインの消費税額10%とテイクアウトの8%でお客が払う金額を同じ(つまり商品の売価を変えている)にしている店舗もあります。
これは消費税の差が2%と小さかったからできた選択。これが10%となると、これまでと同じとはいきません。
業界への打撃。内食・中食シフトと価格競争の激化
マクロな視点で見ても、外食産業全体への逆風は避けられません。
食料品0%の最大の恩恵を受けるのは、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの「中食(お惣菜やお弁当)」、そして家庭での「内食」です。

消費者は「外食は高いから、スーパーでお惣菜を買って家で食べよう」と変化することは避けられません。同じ「食」を提供しているのに、税率というルールによって外食産業だけが不利な戦いを強いられるのです。
これに対し、「うちも価格を下げて対抗しよう」という安易な値下げ戦略は命取りになります。ただでさえ食材費や人件費が高騰している中で、スーパーの巨大な資本と価格競争をして勝てる個人店・中小飲食店はなかなか存在しません。
飲食店が今から備えるべき「3つの防衛策」
食料品の消費税をゼロにすることで飲食店の立場が危ぶまれることを、さまざまな人や機関が訴えるようになってきました。日本フードサービス協会なども明確に反対を表明しています。
これを受けて、飲食店の消費税もゼロに・・・となる可能性もなくはないのですが、現在のところ財務省側は慎重です。なぜなら、飲食店はサービス業だからです。
では、この理不尽とも言えるルール変更の可能性に対し、飲食店経営者はどう立ち向かえばよいのでしょうか。今から準備すべき3つの防衛策を紹介します。
防衛策①:税率差を忘れさせる「外食ならではの体験価値」を磨く
スーパーの惣菜には絶対に真似できないもの、それは「空間と体験」です。
目の前で焼き上がるシズル感、キンキンに冷えたグラスで提供される生ビール、スタッフの温かい声掛け、食事を終えた後の心地よい余韻。
お客は「カロリー」を摂取するためだけにお金を払うのではなく、「素晴らしい時間」に10%の消費税を払うのです。QSC(品質・サービス・清潔さ)を極限まで高め、「家では絶対に味わえない価値」を作る原点回帰こそが最大の防御です。

防衛策②:テイクアウト・デリバリー部門の「0%の恩恵」を取りに行く
「店内が10%で不利になるなら、0%の土俵にも上がる」という戦略です。
コロナ禍で多くの店舗がテイクアウトに参入しましたが、今後はより「専門店化」や「パッケージの高級化」が求められます。
単に店内のメニューをパックに詰めるのではなく、「お土産」や「ハレの日のごちそう」として単価を取れるテイクアウト商品を開発し、消費税0%の恩恵を店舗の売上に組み込む柱を育てるのです。

防衛策③:ドンブリ勘定からの脱却「消費税専用口座」の開設
最も急務なのが財務体質の改善です。今日からすぐに「消費税専用の銀行口座」を作るなどして、手元のお金が増えたような錯覚をおこさないことが重要です。
「仕入税額控除は最初からないもの」として店舗を回せるキャッシュフロー(資金繰り)の感覚を、今この瞬間から身につけることが、黒字倒産を防ぐ唯一の手段です。

政治の動きを注視し、店舗の足腰を鍛える
「食料品の消費税0%」という政策は、莫大な財源の確保が必要となるため、すぐに実現するには高いハードルがあるのも事実です。議論だけで終わる可能性もあります。
しかし、選挙のたびに物価高対策の切り札として浮上するこのテーマは、決して「ただの机上の空論」として片付けるものでもありません。議論の場となる国民会議はすでにはじまっています。
社会がどちらの方向へ進もうとしているのか、その議論の方向性と、外食産業にもたらす致命的なインパクトについては、経営者として常にアンテナを張っておく必要があります。
重要なのは、政治が決めたルールに振り回されないこと。税制がどう変化しようとも生き残れる「強いオペレーション」と、どんぶり勘定から脱却した「盤石な財務体制」を今この瞬間から構築しておく。これこそが、飲食店にとって最大の防衛策となります。

その基盤づくりの第一歩として強く推奨したいのが、確実な数値の把握のための高機能なPOSレジへの投資(導入・見直し)です。
複数税率(10%・8%・0%など)が入り乱れるからこそ、正確な数値の把握、店内飲食とテイクアウトのシームレスな切り替え、スタッフの負担を減らす直感的な操作性。これからの時代、POSレジは単なる「お金を計算する機械」ではなく、経営の数値をリアルタイムで可視化し、現場の混乱を防ぐための「経営戦略の司令塔」となります。
ルールが変わってから慌てて対応するのではなく、今から店舗のシステムと足腰をアップデートする。今回の消費税の議論をきっかけに、どんな荒波が来ても揺るがない「強いお店」を作るきっかけにしてはいかがでしょうか。
参考データ・出典
- 国税庁 No.6451 仕入税額控除の対象となるもの
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6451.htm
- 国税庁 No.6505 簡易課税制度
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6505.htm
ライタープロフィール
原田 園子
兵庫県出身。
株式会社モスフードサービス、「月刊起業塾」「わたしのきれい」編集長を経てフリーライター、WEBディレクターとして活動中。 https://radasono.wixsite.com/portfolio




