全世界150カ国で5万店以上のファストフードレストランを運営し、ニューヨーク証券取引所に上場している巨大レストランチェーンのヤム!・ブランズが、AIマーケティングプラットフォーム開発のクヴァンタムと、オンラインオーダリングシステム開発のティクタク・テクノロジーズを買収して話題になっている。アメリカを代表する巨大レストランチェーンは、なぜハイテクスタートアップ企業を必要としたのだろうか。すでに始まっている飲食業のインダストリー4.0の動きと併せて解説する。

ヤム!・ブランズという巨大レストランチェーン

ヤム!・ブランズ(Yum! Brands)は、ケンタッキー州ルイスビルに拠点を置くレストランチェーンだ。もともとはペプシコの飲食業事業部が1997年にスピンオフして誕生した企業で、ケンタッキー・フライド・チキン、ピザハット、タコベル、ハビット・バーガー・グリルなどのレストランを多数運営している巨大フランチャイザーだ。

フランチャイズを含めて全世界150カ国で5万店以上を運営しているヤム!・ブランズだが、最近あるハイテクスタートアップ企業2社を買収して話題を集めた。
ヤム!ブランズは、一体どんなノウハウを必要としたのだろうか。

クヴァンタムというスタートアップ企業

クヴァンタム(Kvantum)は、テキサス州ダラス・フォートワースに拠点を置くスタートアップ企業だ。同社はAIを使ったマーケティングシステムを開発し、消費財メーカーなどに提供している。同社のシステムは、独自開発したマシンラーニングプラットフォームと計量経済学的アルゴリズムをベースにしており、各種のビッグデータなどを参照しながら広告配信を「最適化」することを可能にしている。なお、広告配信の「最適化」とは、消費者それぞれに対して最も適切な広告を配信することを意味する。

現地の報道によると、ヤム!ブランズは自社が運営する四つのブランドのマーケティングにクヴァンタムのテクノロジーを活用するとしている。インターネットの各メディアに加え、オウンドメディアやアーンドメディア、ソーシャルメディアなどのチャネルごとのマーケティングパフォーマンスを分析し、ユーザーに応じて広告をカスタマイズしたり、ユーザーの好みに合わせて「レコメンデーション」(おすすめ機能)を行うことなどが想定されているという。ヤム!ブランズのデービッド・ギブズCEOは、クヴァンタムのテクノロジーは、すでにワールドクラスであるヤム!ブランズのマーケティングを「より高いレベルへ引き上げてくれる」というコメントを発表している。

ティクタク・テクノロジーズというスタートアップ企業

ティクタク・テクノロジーズ(Tictuk Technologies)はイスラエル発のスタートアップ企業だ。同社はFacebookメッセンジャーやWhatsAppなどのメッセージングアプリを使ったオーダリングシステムを開発、提供している。使い方は非常に簡単で、例えばFacebookメッセンジャーの場合、ピザハットなどを「友達に追加」し、その友達とチャットするだけだ。

チャットボット(チャット用の人工知能)が、「今日のお勧めはコンボピザです」とか「お得なクーポンもあります」などと声をかけてくるので、それに呼応するだけでいい。チャットしながらトッピングなども指定し、オーダーする。チャットの反応が非常に速いので、電話やパソコンで注文するよりスピーディーで便利だ。

なお、ヤム!ブランズは、ティクタク・テクノロジーズを買収する前から900店のピザハットやタコベルでティクタク・テクノロジーズのシステムを導入していたという。システムの理解が早いこともあり、ヤム!ブランズによる同社の買収手続きは、わずか数日で終了したという。


飲食業のインダストリー4.0

さて、ヤム!ブランズによる上記二社のスタートアップ企業の買収から、いくつかの重要なキーワードが見えてこないだろうか。それは、「ビッグデータ」「AI(人工知能)」「マーケティング最適化」「カスタマイゼーション」「レコメンデーション」「モバイルコンピューティング」「チャットボット」等々だ。これらは、現在のアメリカで進行中の、飲食業のインダストリー4.0を牽引している極めて重要なキーワードだ。

SNSイメージインダストリー4.0で先行している小売業では、Amazonがそうしたテクノロジーを最大限に活用している。Amazonは「ビッグデータ」や「AI(人工知能)」を使って「カスタマイゼーション」や「レコメンデーション」を行い、自社のビジネスを別次元に進化させている。さらには、Alexa(アレクサ)という音声チャットボットを搭載したスマートスピーカーも開発し、新たなチャネルとして普及させている。

ヤム!ブランズの経営戦略は、進む方向性においてAmazonと極めて近いと見るべきだろう。同社の2020年のデジタル売上(インターネットやソーシャルメディアなどからの売上)は170億ドル(約1兆8700億円)に達し、前年から45%も増加したという。ヤム!ブランズの経営陣は、間違いなく自分達が進んでいる道が間違っていないと確信していることだろう。

日本の飲食業は今後どうなる?

一方、日本の飲食業の状況はどうだろう。筆者は、日本の飲食業の状況は、残念ながらまだまだ遅れているとせざるを得ない。日本の飲食業においては「ビッグデータ」や「AI(人工知能)」どころか、POSシステムすら導入していない店舗が少なくない。ましてや、「マーケティング最適化」「カスタマイゼーション」「レコメンデーション」「チャットボット」などに対応しているケースなど、まだまだ全然少ないだろう。

それでも、一部の飲食店においてAIを搭載したPOSシステムが導入されたり、売上予測や在庫管理、発注管理などにAIを活用するケースなどが出てきているようだ。これは、日本の飲食業においてもインダストリー4.0の波が、わずかながらも確かに起き始めていることを示している。

いずれにせよ、日本の飲食店経営者は、現在アメリカで進行中の飲食業のインダストリー4.0の動きを注意深く見つめてゆく必要がある。アメリカで先行した経済トレンドは、ほぼ間違いなく遅れて日本にもやってくる。そして、その波に飲まれるか、またはそれに乗るかを決めるは、間違いなく経営者の姿勢そのものなのだから。

 

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参考URL:
https://www.yum.com/wps/portal/yumbrands/Yumbrands/company
https://www.tictuk.com/