アメリカのシカゴにファーマーズフリッジ(Farmer’s fridge)というスタートアップ企業がある。ファーマーズフリッジは2013年設立、当時27歳の起業家ルーク・サンダース氏が立ち上げた企業だ。ファーマーズフリッジとは、直訳すると「農家の冷蔵庫」となるが、同社はスマートフリッジ(Smart fridge)と呼ぶ食品販売用自動販売機を設置し、サラダなどの食品を販売している。

 

総額4千万ドルを調達したフードテックのファーマーズフリッジ

スマートフリッジ
スマートフリッジ パッケージ

サンダース氏がスマートフリッジのアイデアを思い付いたきっかけはシンプルだ。メーカーの営業マンとして仕事をしていた当時、シカゴ市内を移動することが多かった同氏は、街中で簡単に食べられる健康的な軽食が売られていないことに気づいていた。自動販売機やキオスクなどの店を見ても、売られているのはスナックやキャンディーなどのジャンクフードばかり。サラダのような、オーガニックで健康的な食品が簡単に入手できればどんなにいいだろう。そう考えた同氏は、直ちにビジネスプランを作り上げ、スマートフリッジのプロトタイプの製造を開始した。

完成したプロトタイプをシカゴ郊外のさびれたショッピングモールに設置したところ、たちまち大ヒットとなった。やがて設立したファーマーズフリッジにはベンチャーキャピタルからの出資の申し込みが相次ぎ、同社にはこれまでに大手ベンチャーキャピタルなどから総額で4千万ドル(約44億円)もの資金が集まっている



シカゴ市内を中心にスマートフリッジを設置

そのスマートフリッジだが、仕組みもいたってシンプルだ。スマートフリッジそのものは幅1メートル、高さ1.8メートルくらいの大きさの自動販売機だ。一般的な自動販売機と同様、ショッピングモールなどに設置される。商品は12オンス程度のサイズのコンテナーにパッケージングされて販売される。

スマートフリッジ自動販売機
Farmer’s Fridgeの自動販売機

商品は、すべてファーマーズフリッジのセントラルキッチンで毎日製造される。製造は早朝から行われ、毎朝9時30分には各地に設置されたスマートフリッジにデリバリーされる。スマートフリッジに商品が充填される際に、前日の売れ残り商品が回収される。売れ残り商品は、すべて地元のフードバンクに寄付される。

 

「変人」呼ばわりされたサンダース氏が生んだスマートフリッジだが、これまでにシカゴ市内を中心に186台が設置されている。中にはシカゴ・オヘア国際空港や、シカゴ最大の病院ノースウェスタン記念病院にも設置されているという。設置されるスマートフリッジの数は今も増えつつけていて、スマートフリッジは、シカゴの食文化を新たに彩る一要素としてのポジションを獲得しつつあるようだ。

豊富なメニュー、支払いはモバイルで

さて、スマートフリッジのメニューだが、いったいどのようなものだろうか。まず、メニューの中心はサラダだ。この記事を書いている現時点で、6種類のサラダが提供されている。「スモークチェダー・コブサラダ」「ノースナパサラダ」「サウスウエストサラダ」「グリークサラダ」「クランチー・タイサラダ」「ピーチ・カプレーゼサラダ」と、いずれも本格的だ。

また、「アーモンドバター・ジェリーサンドウィッチ」「カプレーゼサンドウィッチ」「スモークターキー・チェダーチーズサンドウィッチ」などのサンドウィッチや、「タラゴン・チキンラップ」などのラップも提供されている。

スマートフリッジアプリ画面
Farmer’s Fridgeアプリ画面

さらに、サラダ用のトッピングも用意されている。「味付きチキン」「味付き豆腐」「ローストシュリンプ」「ゆで卵」「チェダーチーズ」等々だ。スマートフリッジのメニューは、基本的にはビーガンと呼ばれる完全菜食主義者を対象にしているようだ。

なお、注文はスマートフリッジのタッチパネルか、専用のスマホアプリから行う。決済はクレジットカードかデビットカードで行う。キャッシュによる支払はできない。

学校や空港に設置、ビジネスモデルは成立するか?

シカゴ市内の各地に設置されたスマートフリッジだが、稼働状況はどうなっているのだろうか。ファーマーズフリッジによると、スマートフリッジの稼働状況は軒並み良好で、中には昼過ぎに品切れを起こし、補充が必要になるケースが増えているそうだ。多くのスマートフリッジは24時間稼働していて、商品の回転率は総じて高いという。

スマートフリッジサイト
Farmer’s Fridge サイト画面

また、ファーマーズフリッジのビジネスモデルは、オペレーションコストの低さからも注目されている。レストランなどの一般的な飲食店と違い、スマートフリッジには店舗の運営コストや接客スタッフなどの人件費が必要ない。調理自体はセントラルキッチンで行うため、生産効率も良い。さらに、商品の販売データなどをビッグデータ化し、分析することで営業効率を高度に最適化することも可能だ。

ファーマーズフリッジに投資したベンチャーキャピタルのクリーブランド・アベニューのキース・クラヴィック氏は、「ファーマーズフリッジがレストランレベルの食品を提供しつつ、テクノロジーを使ったイノベーションを起こしていることに感銘を覚えています。ファーマーズフリッジは、飲食業界全体を大きく変えてゆくでしょう」とコメントしている。

ファーマーズフリッジは今後、シカゴ以外のエリアでもスマートフリッジを設置することを表明している。一方で同社の日本市場での展開の可能性だが、現時点ではそれに関する情報は明らかにされていない。しかし、筆者は、同社の日本市場への展開の可能性は現時点では極めて低いと考える。理由は、ファーマーズフリッジは「健康的な食品」が不足しているエリアを狙ってビジネスを展開しており、コンビニなどで「健康的な食品」が豊富に流通している日本での同社の参入余地は少ないと思われるからだ。

いずれにせよ、ファーマーズフリッジのビジネスモデルは、加工品やジャンクフードが一般化しすぎたアメリカの食文化に、ポジティブな修正を施す食のインフルエンサーとして機能する可能性が高い。そして、POSデータやビッグデータなどのインダストリー4.0のトレンドを活用しながら経営効率を随時高めてゆくだろう。ファーマーズフリッジは、アメリカに登場した飲食業界のインダストリー4.0の申し子としても今後注目されてゆくだろう。


参照:
https://thespoon.tech/farmers-fridge-stocks-up-with-30m/
https://www.farmersfridge.com/ourstory/


ライタープロフィール
前田健二

東京都出身。2001年より経営コンサルタントの活動を開始し、現在は新規事業立上げ、ネットマーケティングのコンサルティングを行っている。アメリカのIT、3Dプリンター、ロボット、ドローン、医療、飲食などのベンチャー・ニュービジネス事情に詳しく、現地の人脈・ネットワークから情報を収集している。