接客の現場では、「どんなときも、お客さまを最優先すべきだ」と教えられます。この考え方自体は間違ってはいないのですが、一方で、クレーマーや迷惑客にまで平身低頭で対応する必要はないとの考え方が社会に浸透しつつあります。
また、数多くの形式的な接客サービスを求める余り、飲食店で働く魅力がなくなっているという見方もあります。

今回は、店で働くスタッフを最優先にすることでやりがいにつなげ、人不足を改善し、ひいては接客もよくなる方法について解説します。

 

お客さまは神様か?近年の人手不足と日本型接客の盲点

日本のサービスは素晴らしい。思いやりにあふれている。これが世界中の共通認識となっています。いわゆる「おもてなし」です。

セルフサービスが基本のファーストフード店で、客自身が片付けるはずのトレーを、スタッフが「こちらで片付けます」と笑顔で受け取り、「ありがとうございました」とおじぎで見送る。日本人にとっては日常的な風景ですが、訪日客にとっては感動レベルなのだそうです。

その一方で、飲食店は万年の人不足に悩んでいます。飲食店は3Kの代表的な職場だと言われ、飲食店で楽しくアルバイトをしている学生でさえ、「就職は別の職種を選ぶ。飲食店で一生働くなんて考えられない」と言うほどです。

これは何故でしょうか?

もちろん理由はいろいろあるのでしょうが、その一つに接客サービスのマニュアル化と、スタッフに課せられる日本独自のサービス精神があると言われています。

FC店化で接客がマニュアル化された

まずは、現在の接客サービスに至った歴史を振り返ってみましょう。

日本の飲食店は、1970年代に大きな転換期を迎えます。チェーン店はそれ以前にも存在しましたが、多くは直営店。それに、のれん分け制度が少しあった程度でした。ところが、1970年代になると、フランチャイズ店として一気に店舗数を増やすところが出てきます。

飲食店では、統一感のある商品を一定レベル以上の接客で提供しなければなりません。そこで、接客サービスもマニュアル化されることになります。そしてチェーン店本部は、他チェーンよりもよりよいサービスをしようと、マニュアルは日々書き足されてきたわけです。

そのひとつが、先に延べたトレーの片付けでしょう。お客が下げようとしたトレーを店員が受けとりはじめたのは、おそらく手の空いたスタッフが自ら動いてスタートしたもののはず。

しかし、それがマニュアル化されると、「忙しい時でもできる限りトレーを受け取る」と義務化され、スタッフの作業は圧倒的に増えます。こうなると、覚えることもやることも増えてしまい、いつのまにかお客のためのサービスではなく、面倒な作業に変わっていくのです。

独自の問題点を抱えた接客の問題

また一方で、これが一部のお客のモンスター化につながります。「前回はトレーを受け取ってくれたのに」とか、「隣の店では店の人がやってくれる」という不満がでてくるのです。また、「この店はトレーを下げてくれるのが当然だから、私はそのままにして帰る」というお客も出てくるかもしれません。このお客側の心理変化を『過剰サービスによる過剰期待』と呼ぶのですが、日本独特のものだそうです。やっかいですね。

こうなると、忙しいスタッフと一部のお客の間に、微妙な軋轢が生じます。接客とは、お客さまが望むことを実践するのが本来の姿のはずですが、残念ながら、現状はそれから外れてしまったわけです。

新たな動き。「おい、生ビール」と注文したら1000円

このような現状に疑問を感じる経営者が、新たな試みを始めました。それがお客よりもスタッフが安心して働ける環境をつくり、やりがいを育てるという方法。飲食店ではそもそも接客サービスが楽しいと感じる要素を持った人が働きにくるわけですから、やりがいを育てれば、結果的にサービスの向上につながり、お客も満足できるという考え方です。

例を挙げてみましょう。
まずは、2018年夏に話題となった都内の居酒屋の例です。

この居酒屋では、「おい、生ビール」と注文すれば1000円「生一つ持ってきて」と言えば500円「すみません。生一つください」と言えば380円と書かれてます。なんと、注文の仕方で値段が違うのです。

もちろんこれはあくまでもジョーク。実際に価格が違うことはありません。ですが、その裏には経営者の「スタッフを大切にしたい」という思いが隠されています。そして、実際に勤務するスタッフとしてみれば、経営者がスタッフの側を見てくれているという感覚を持っていることは、何よりも心地よいはずです。

もちろんこれを真に受けて、「値段でお客を差別するなんてけしからん」という「神様」もいました。しかし、そもそも飲食店は、万人向けのものではありません。日本で一番多くの来客数を誇る飲食店は日本マクドナルドですが、それでも全国民が利用するわけではないのです。経営者にはぜひ、「多少は反論する人がいても、面白いと捉えてくれる人がいればいいんじゃないか」というくらいの開き直りを持ち、多少の雑音は気にしないというスタンスに立っていただきたいと考えます。

また、飲食店ではありませんが、もう一例紹介します。

(市民の声)
11月13日午前6時50分くらいに浪速区内の病院に大阪市の救急車で来られた隊員の男性三名の方が病院に搬送後、数メートル離れた自販機で飲み物を三名とも購入されていました。
これまでに幾度となく様々な救急隊員の方を見かけましたが、このような行動をされているのをはじめて見ました。
その後、救急車の中でその飲み物を飲まれているようでなかなか出車せずでした。勤務中のこのような行動はありなのでしょうか?教えてください。

病院に来た救急隊が自販機でドリンクを買い、なかなか出発をしなかった。それは許されるのか?という問い合わせです。語調は疑問形ですが、わざわざ問い合わせをするという時点で、否定的な感覚があったことは否めません。それに対する大阪市の回答は以下です。

 

(市の考え方)
本事案に出場した救急隊員から聞き取りを行いましたところ、救急車内での血液付着が多く、その拭取りと消毒に労力と時間を要したとのことであり、そのような活動を勘案した場合、次の出場に備え水分補給を行う必要があったと考えます。
当局では、必要に応じ活動中の水分補給を適宜行うよう周知しているところであり、今回の場合、飲料水の購入はやむを得なかったものと考えます。
救急隊は、連続出場や長時間にわたり活動する場合もございますので、ご理解を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

近年の傾向から考えると、「今後は疑問を持たれることがないよう注意します」と回答したでしょうが、毅然と回答し理解を求めています。こうすることで消防隊員はこれからも必要に応じてドリンクを飲めますし、「自分たちを守ってくれた」と信頼感を深めます。ネット上では、「モンスタークレーマーをやっつけた」と好感触な意見が大多数になっています。

ホリエモンと餃子店のトラブルは、なぜ炎上したのか?

ただ、お客よりもスタッフを優先することに恐怖を感じる店もあるでしょう。最近では、ホリエモンとのトラブルで、休業に追い込まれた餃子店のケースがあります。これにはいろいろな見解がありますし、ここで議論するつもりはありませんが、この件も、「ホリエモン一行に追い詰められた奥さんを守るために厳しい口調で対応し、炎上した」と一部で言われています。

この件に関して、一番悪いのは投稿に便乗した第三者なのは間違いありません。しかし、最終的に休業に追い込まれるまでに炎上したのは、(オーナー自身も認めているように)感情的なブログで反論したことが大きな原因です。

改めてホリエモンが投稿した文章を読んでも、それほど感情的とは思えませんし、先に感情的になったのはもしかするとオーナーの方だったのかも知れません。自店を守りたい一心だったことは理解できますし、この案件自体が不慮の事故のようなもの。ですが、感情的になったことで火に油を注いでしまったことは後悔しているでしょう。

この件から学ぶべきは、もしスタッフとお客がもめることがあっても、スタッフを守るために喧嘩をしていいというわけではないと言うこと。スタッフを本当の意味で守りたいのなら、ピンチのときこそ冷静に対応することが必要なのです。

本当の意味でスタッフを大切にするとは、どういうことか?

では、本当の意味でスタッフを大切にするとは、どういう意味でしょうか?

誤解をして頂きたくないのは、決してお客をないがしろにしてもスタッフを優先するということではない点です。また、「うちの店では、お客は無視してスタッフを優先します」と取られるような発言はするべきではありません。

あくまでも、経営者としてお客よりもスタッフを優先するという意味。具体的には、「お客のためにスタッフはオフを返上して働け」という方法は選択しないし、理不尽なクレーム客は出入り禁止にしスタッフを守るということです。

スタッフは、ただ給料がもらえればいいと考えているわけではありません。金銭面での優遇は確かに魅力の一つかもしれませんが、どんなに高給をもらっても、理不尽な要求を突きつけられたり、馬鹿にされながら働きたいと思う人はいないはず。特に最近はその傾向が強いようです。

アルバイトも一人のスタッフとして大切に扱うことは非常に重要ですし、その意志の表れとして、一人ひとりの話をしっかり聞くことが大切です。

また、何かがあったときには徹底的に守るというスタンスも大切。もしクレームを起こしてしまっても、責任を負わせるようなことは禁物です。

さらに、アルバイトには役目を与えても、責任は負わせないということも重要。もちろんミスは正しく指摘する必要がありますが、感情的に怒っても意味はありません。あくまでも目標は、同じミスを繰り返さないこと。そのための指摘です。起こってしまったミスを引きずっても意味はありません。もちろん、一度話が終わったら蒸し返すことも厳禁です。

これは接客においても同じこと。接客はお客が求めることを臨機応変な対応で実行することがおもてなしにつながります。「なんのために?」と思う行動でも、そのスタッフはお客のために取った行動かも知れません。まずは行動の意味を聞き、間違っていれば指摘する。そうして、スタッフが人として成長することを望むことが、最終的に店のレベルを上げることにつながるわけです。

スタッフを大切にすることで得られる最大の効果

では、スタッフを大切にすると、どういったメリットがあるのでしょうか?

飲食店のスタッフは、そもそもオーナーや担当者が応募者の中から選んで採用した人です。価値観は通じる部分があったはず。そのような人を正しく育てれば、スタッフも店に愛着を持ってくれるようになって当然です。愛着を持てば評判をよくしたいと思い、接客サービスをよくするために働いてくれます。

また、快適に働ければ、特別な事情がないか限りやめることもなく、勤務期間も長くなります。こうなると、人不足も解消します。

また、スタッフはアルバイトをやめた後でも、度々遊びに来てくれるでしょうし、近所の人に、「いい店だよ」と最良の口コミ効果をもたらしてくれるでしょう。裏話を知る元スタッフが勧めるわけですから、これ以上強力なマーケティングスタッフはいません。

多くの飲食店が人不足に悩む時代。大きく欠けているのは、スタッフを第一に考える経営者の視点と言えるのかもしれません。

まとめ

飲食店はサービス業です。接客レベルを上げたいのであれば、「あれをやらなければならない」と行動を決めるのでは限界が生じます。また、過剰なサービスをお客に期待させることは、スタッフを苦しめている要因になる可能性もあります。形式にとらわれず、自由な発想でお客の満足をえるためには、スタッフを大切にしてやりがいを持ってもらうことが最初に取り組むべきことなのです。

人の感覚が多様化する時代。今一度、店にとって大切なことは何なのかを考えるときが来ているのではないでしょうか。

 

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