飲食店では、さまざまな事件や事故が起こる可能性があります。
事件・事故と聞くと、非常に大きなトラブルを想像しがちですが、例えば人と人がぶつかって怪我をした、店舗内でお客様が滑って負傷したなどは事故です。また、食中毒を起こすのは事件です。

このような時、経済的な負担を最小限に抑えてくれるのが店舗の保険。

今回は飲食店が入っておくべき店舗の保険について考えます。

飲食店に潜む3つのリスク

飲食店に潜むリスクは3つと言われています。

● 損害リスク
● 休業リスク
● 賠償リスク

損害リスクとは、盗難はもちろんのこと、落雷や水害などの自然災害や火災などが発生して、店舗が損害を受けることです。喧嘩があって店のディスプレイが壊れることもあります。修理費は高額になることも多く、時には営業を続けることが困難になる場合もあります。

次いで休業リスクとは、食中毒が発生したり事故など何らかの事情により営業ができなくなり、売上や利益が減少すること。社員がいれば休業していても給料を払わなければなりません。当然、オーナー自身も収入が絶たれては生活が立ち行かなくなります。

最後の賠償リスクとは、建物や施設を原因として起こる事故や、従業員のサービスや販売活動によって起こる事故、食中毒のようにお客に対して起こる事故が発生すると、その賠償をしなければならないというものです。

飲食店経営をしている方であれば、「起こりうるな」と感じたのではないでしょうか。

これらが起こった時、強い味方となってくれるのが保険というわけです。

事件・事故の発生事例

ではここで、実際に飲食店で起こった事件や事故を紹介しましょう。筆者が実際に見聞きしたことは、その後の展開も紹介したいと思います。

誰も滑ったことのない床で転んだ中年女性
これは筆者が初めて体験したお客の事故です。当時の筆者は全国展開するチェーンに勤務し、店長でした。

ある日、誰も滑ったことなどない店内で、中年女性が滑って転び、足首を骨折する事故が起きました。目の前で見ていた私は、丁寧にお客を起こし、
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
と声をかけました。

店内は満席。ド派手に転んだ女性は恥ずかしいのか、「店の床が悪い」と怒鳴り出し、半狂乱に「救急車を呼んで!」と叫びました。店内は騒然。

すったもんだの挙句、この女性は、「出るとこ出て争ってやる!」と言い、本当に訴えたのです。最終的には「これ以上騒がれてもややこしい」という本部の判断で、50万円で和解。「滑る要素はなかったのに!」と納得できなかったことを鮮明に記憶しています。

実は、店内で転倒する事例は数多く起こっています。

似たものでは、コンビニで床をモップで清掃した後、乾拭きをしていない状態の床でお客が足を滑らせて転倒。結果、左の肘から上腕に大きな怪我を負い、チェーン本部を訴えたものがあります。

この事故では、「不特定多数の者を呼び寄せて社会的接触に入った当事者間の信義則上の義務として、不特定多数の者の通常有り得べき服装、履物、行動等、例えば靴底が減っていたり、急いで足早に買い物をするなどは当然の前提として、その安全を図る義務があるというべきである」とコンビニ側が不法行為責任を負うこととなりました。

このケースでは、最終的に治療費や通院交通費のほか傷害慰謝料として130万円、後遺障害慰謝料として70万円が相当と判断されています(大阪高等裁判所平成13年7月31日判決)。

ちなみに、このケースをきっかけに、清掃中は「滑るので注意してください」という看板が立てられるようになりました。

このように店内で転ぶという事故は多発していて、餃子チェーンで転んだお客が運営会社に対し2500万円の損害賠償を求めた訴訟があり、最終的に解決金100万円を支払っているケースもあります。

あってはならない食中毒

飲食店でもっとも怖いのは食中毒です。

ところが、「店で食べたものが原因で食中毒が起きた」と店舗に連絡してきたり、保健所に訴えたりするケースは意外と多くあります。

その多くは店舗に責任がない(確認できない)ことが多いのですが、それが確定するまで待っている間に風評被害が出てしまうことも大きな問題となります。

ある全国チェーン店では、「食中毒だと店舗に連絡があり、保健所に言うぞと言われたら、堂々と『ぜひ保健所に調べてもらいましょう。私たちは衛生には細心の注意を払っているので、全面協力いたします』と言え」と教えているそうです。

実際、全国チェーンともなると、自主的に行う衛生検査も厳しく実施しており、怪しいところはありません。しかし、小規模チェーンや個人店では、「多分大丈夫だけど、あまり自信がない」というケースも少なくないでしょう。

また、保健所に訴えられると、まずは保健所の調査が入るのが最初のステップとなりますが、これだけでも相当なストレスになります。

実際、食中毒に関する訴えは数多く起こされ、上告するケースもあります。

例えば、 料亭で出したイシガキダイにシガテラ毒素が含まれていて複数のお客が食中毒を起こした事件では、休業補償を含んだ損害賠償742万円を求めて提訴されています。最終的には料亭の製造物責任が認められ、総額300万円を超える負担をしています。

また、輸入生うにが原因で食中毒が起こったと訴えられたケースや 、急性大腸炎になった人が、「惣菜として購入したロースカツが原因だ」と訴えたケースもあります。これらはどちらも因果関係は認められず、店舗側に責任はなかったのですが、消耗したエネルギーは相当なものだったと考えられます。

思わぬ事情で店内設備が壊れる

思わぬことから店内設備が壊れることもあります。ある店舗では、天井から漏水したものの、店内からは見えないところ(事務所内)であったことも災いし、パソコンがクラッシュしました。

ラッキーなことに、そのパソコンは数ヶ月前、「使えなくはないけれど、古くて遅い」と買い換えた古いパソコンでした。しかしパソコンが動作していたのは事実のため、保険で修理代を払ってもらえることになります。

メーカーに修理の見積もりを依頼したところ、古いマシンだったこともあり、部品がなくなっていて、「修理をしたら20万円」というびっくりな価格が出てきたそうです。

保険屋にこの見積もりを出したところ、このまま通ったそうです。もちろん、振り込まれた額をどう使うかは店舗に委ねられ、必ずしもパソコンを修理しなくてもかまいません。

また別の店では、お客同士が店内で喧嘩をはじめ、止めに入った女性店長が突き飛ばされ、大型ショーケースに激突。店長は手に切り傷と軽い打撲を負っただけでしたが、ショーケースは故障してしまいました。

喧嘩は当事者ではなく、しかも女性が怪我をしたことで喧嘩はおさまります。これにより女性店長は「大型ショーケースに勝った女」として伝説を生んでしまったのですが、これにより中に収納していた食材は廃棄。修理代と食材のロスで負担は大きかったのですが、食材ロスと修理代は保険でカバーされたそうです。

飲食店では事件・事故は避けられない

このように飲食店では、店舗管理の問題だけでなく、不慮の事故に相当するようなことも起こりえます。最近ではデリバリーに取り組む店舗も増えていて、配達中の事故なども考えると恐ろしくなりますよね。

そこで何らかの事件や事故が起きた場合、経済的な損害を最小限に抑えるために、保険への加入が不可欠となります。(契約内容にもよりますが)上記に紹介した事例は、全て保険で補償されるのです。

ではどのような保険を選べばよいのでしょうか?

保険は店舗総合保険に特約をプラスするのが基本

店舗が契約するのに適しているのは、「店舗総合保険」と呼ばれるものです。これは、火災保険や施設賠償責任保険、PL保険など、店舗運営に必要な保険をまとめたもので、比較的安価でありながら、補償対象が広い特徴があります。

店舗総合保険は多くの小規模事業者や個人事業主を対象としたもので、飲食店以外でも利用できるものです。飲食店ではこれに加え、特約をプラスして加入するのが基本。保険会社によっては、「飲食店向け損害保険」として必要な特約を最初から付けたものをパッケージにしているところもあります。

もちろん特約は多く付けるほど安心かもしれません。しかし一方で、保険料が高くなり、負担が大きくなっては意味がありません。

飲食店が必要な特約3つ

最低でも付けたい特約は以下の3つになります。

 

● 食中毒保険特約
● 施設賠償責任保険特約
● 借家人賠償保険特約

それぞれを説明していきます。

食中毒保険特約

食中毒といっても原因はさまざまです。また、「店で食事して食中毒になった」と言ってくる人の中には、食中毒菌を原因としたものでなく、体調との兼ね合いでいわゆる食あたりになっているだけというケースも考えられます。

しかし、「食あたりじゃないんですか?」と言うわけにもいかず、かといって「申し訳ありません」と謝ってしまうことで、「やましいことがある証拠」と風評被害につながることもあります。

これを防ぐのが食中毒保険特約。食中毒の原因がはっきりしない場合でも補償が適用されるので、「原因がはっきりするまで対応は出来ない」などと言う必要もなく、速やかな対応が可能となります。

食中毒が起きないよう、細心の注意を払うのは当然ですが、万が一疑われるようなことが起こったときに使える特約は、飲食店にとって欠かせないものです。

施設賠償責任保険特約

これは施設(店舗)が他人に怪我をさせた時に負担する損害賠償を補償するものです。店舗内での事故はもちろん、店頭に掲示してある大型看板が落下して通行人に怪我をさせたような場合も対象となります。

怪我によっては治療費や入院費などの損害賠償が必要となりますし、それにより仕事ができなくなれば休業補償も必要となります。これらの賠償は多額になることもあり、保険に入っておくことは非常に重要だと言えます。

借家人賠償保険特約

借家人賠償保険特約は、店舗そのものに対する補償です。例えば火の始末が悪く失火し、火事を起こしてしまった場合の保証をしてくれます。

厨房内だけのボヤで程度なら復旧は金銭的な負担は軽いかもしれませんが、客席まで広がるような火事になると、自費での普及は難しくなります。

また、自分の店舗が火事を起こすとは考えにくいと言う方も、隣の店舗の失火まで、ないと言い切れますか?

日本では失火元がどこであれ、自分の物件は自前で何とかするのが原則です。火事や自然災害の時など、被害額は相当になるので、つけておくに越したことはありません。

最後に

今回は飲食店が入るべき保険について考えてみました。

保険を選ぶときには、保険の内容をしっかりと確認し、必要な特約を付けることが大切です。どの特約をつけるのかという観点はもちろん、つけない特約は「なぜ必要ないのか?」といった理由も明確にするとよいかもしれません。

なお、保険料を払うことで新たなコストが必要となります。国や地方自治体が取り組む中小企業支援策はさまざまあり、税制のメリットや補助金・助成金を得ることができるかもしれません。保険料をこれらから捻出することはできませんが、他のコストを補填することでコスト的に余裕をもたせ、手厚い保険に入るのも賢いやり方かもしれません。

合わせて検討してみてはいかがでしょうか。

関連リンク
J-net https://j-net21.smrj.go.jp/snavi/index.html
東京都中小企業振興公社 https://www.tokyo-kosha.or.jp/