「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」通称「働き方改革関連法」が昨年6月の国会で可決し、今年4月1日から順次施行されました。日本人のワークライフバランスを大きく変える可能性があるとされる働き方改革関連法ですが、飲食店の経営にどのような影響を与えるのでしょうか。働き方改革関連法のポイントをおさえるとともに、働き方改革関連法に対応して売り上げをアップする方法を紹介します。

 



施行が始まった働き方改革関連法とは?

働き方改革関連法は、労働基準法、労働安全衛生法、雇用対策法、労働契約法、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法などの、8本の労働法を改正する法律の通称です。複雑でわかりにくいとされる働き方改革関連法ですが、飲食店の経営にも大きな影響を与えます。飲食店経営者の目線から、働き方改革関連法をいくつかのポイントにまとめてみました。

 

残業時間の上限規制

飲食店業務イメージ

働き方改革関連法の最大のポイントの一つが残業時間の上限規制です。これまでの労働基準法においては残業時間の上限規制がなく、多くの企業で労働者の長時間の残業が広く行われていました。中には過労死や自殺などの悲劇を生むケースも生じ、過度な残業を規制する社会的な機運が生じていました。今回法律の施行により、残業時間の上限を原則として月45時間・年360時間とし、特別な事情がなければこれを超えることができなくなりました。

臨時的な特別の事情のもとで労使が合意する場合でも、年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)、月100時間以内(休日労働を含む)を超えることはできなくなりました。

これらに反する企業や労務担当者には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。

なお、これらの規制は大企業については2019年4月1日から、中小企業については2020年4月1日から適用されます(中小企業とは、飲食店の場合「資本金5000万円以下」か「常時使用する労働者数100人以下」の企業です)。

 

「勤務間インターバル」制度導入の努力義務

また、すべての企業に「勤務間インターバル」制度導入の努力義務が求められることになりました。「勤務間インターバル」制度とは、1日の勤務終了後から翌日の出社までの間に一定の休息時間(インターバル)を確保する仕組みです。

例えばインターバルを11時間とした場合、通常午前9時始業のところ残業などで1日の勤務終了時間が深夜0時となった場合、翌日の勤務開始時間を翌日午前11時に後ろ倒しにする仕組みです。これにより、労働者の生活時間や睡眠時間を十分に確保することを目指しています。

なお、「勤務間インターバル」制度導入の努力義務は、2019年4月1日からすべての企業に対して求められています。

 

年5日の年次有給休暇取得を企業に義務付け

また、取得率51.1%に留まっている年次有給休暇取得を、企業に義務付けたのも大きなポイントです。これまでは、労働者から申し出なければ年次有給休暇を取得できませんでした。それが、働き方改革関連法の施行により、使用者が労働者の希望を聴取し、労働者の希望を踏まえて時期を決め、年5日の有給休暇を取得させることになったのです。

なお、対象となる労働者は、年10日以上の有給休暇取得の権利を有する労働者です。具体的には:

入社後6か月が経過している正社員・契約社員
入社後6か月が経過している週30時間以上勤務のパート社員
入社後3年半以上経過している週4日出勤のパート社員
入社後5年半以上経過している週3日出勤のパート社員

です。なお、週2日以下出勤のパート社員は対象になりません。

2019年4月1日からすべての企業が対象となっており、パート社員を多く雇用している飲食店は特に注意が必要です。

 

月60時間超の残業の割増賃金率の引上げ

また、月60時間を超える残業割増賃金率が引上げられました。これまで大企業50%、中小企業25%だったものが、いずれも50%となりました。なお、中小企業に対しては同ルールの適用が「当面の間猶予」されていますが、2023年4月1日をもって猶予期間が終了します。

 

客観的方法による労働時間把握の義務化

また、これまで労働時間を客観的に把握する規定の対象外であった労働者に対し、健康管理の観点から労働時間を客観的・適切な方法で把握することが義務付けられました。具体的には、裁量労働制が適用される労働者や管理監督者の労働時間を客観的に把握し、長時間働いた労働者に対して医師による面接指導を実施させるものです。

労働安全衛生法に基づき、残業が一定時間を超えた裁量労働制の労働者から申出があった場合、使用者は医師による面接指導を実施する義務が生じます。なお、本ルールは2019年4月1日から、すべての企業に対して適用されます。店長などのマネジメント人材に裁量労働制を適用している場合などは、対応が必要です。

 

雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

雇用形態に関わらない公正な待遇の確保も、働き方改革関連法の最大のポイントのひとつです。このルールの目的は、同一企業内における正社員と非正規社員の間の不合理な待遇の差をなくし、労働者がどのような雇用形態を選択しても待遇に納得して働き続けられるようにすることです。これにより、同一企業内における正社員と非正規社員の間で、基本給や賞与などあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けることが禁止されます。一般に「同一労働同一賃金」制度と呼ばれるものです。
具体的には、正社員とパート社員などの非正規社員の職務内容が同じで、同じ労働をしているとみなされた場合、給与などの待遇の相違を設けてはいけなくなります。つまり、これまでに多く見られたように、パート社員だからという理由だけで正社員より安い給与を支払うということができなくなります。

また、給与などに加え、正社員に利用させている給食施設、休憩室、更衣室などの健康の保持や業務の円滑な遂行に必要な福利厚生施設の利用の機会を、非正規社員に与えなければなりません。さらに、非正規社員を雇い入れる際も、非正規社員に対する待遇の理由を説明し、仮に説明が求められた場合に説明しなければなりません。

なお、本ルールは、中小企業に対しては2021年4月1日から適用されます。

↓アメリカのシェフの労働文化や慣習に関する記事↓

心の病からシェフたちを守れ・アメリカのシェフたちのメンタルヘルス事情

 

働き方改革関連法は飲食店にとってプラスかマイナスか?

飲食店イメージ

以上のように、飲食店の経営にも大きな影響を与える働き方改革関連法ですが、果たして飲食店にとってはプラス、マイナスのどちらでしょうか?筆者は、プラスとマイナスのどちらでもあると考えます。

まずはプラスですが、残業時間の上限規制や勤務間インターバル制度導入などのルールを守ることにより職場の労働環境を改善し、その結果優秀な人材を確保できる可能性が高まることです。すでに一部の大手外食チェーンなどが勤務間インターバル制度を導入し、人材の確保と定着を促す実証実験を始めています。過酷な労働環境から人材が定着しない飲食業界において、ひとつの解決策となる可能性があります。

同様に、雇用形態に関わらない公正な待遇を確保することで、特に非正規社員の雇用において、優秀な人材を呼び込める可能性が高まります。特に限りなく正社員に近い仕事をする非正規社員に対し、正社員と同様の待遇を与えれば、大きなインセンティブになります。

実際に、働き方改革を実施したという飲食店の経営者から、「店の営業時間を短縮したが、従業員が効率よい働き方をしてくれるようになった」「長く勤めているパート社員にも有給休暇を与えたところ、辞める人が少なくなった」「待遇を上げたことにより、求人の面接に来てくれる人が増えた」といった声が出ているそうです。

一方でマイナスですが、何といっても店の負担が増えることでしょう。特に非正規社員に対する給与などの負担が増加し、管理コストも上がります。定められた各種のルールを整備するための負担や、社員への教育コストも大きいでしょう。

 

飲食業界の慢性的な人手不足

2017年12月に株式会社シンクロ・フードが実施した調査によると、調査対象となった飲食店経営者の79.8%が「人材が不足している」と答えており、飲食業界の慢性的な人手不足が浮き彫りになっています。また、飲食業界で「働き方改革」を行う必要を感じるかどうかを聞いたところ、83%が「そう思う」と答えています。

「働き方改革を行う必要を感じる」と答えた経営者の多くが、その理由として「働き方改革を行わなければ人が来ない」と答えており、飲食店の経営を働き方改革に対応させることが人手不足を勝ち抜くための必須条件になっているのです。労働集約型産業である飲食業界において、必要十分な人材を集められないことは、経営上の致命傷になりかねません。

なお、回転寿司最大手の「あきんどスシロー」が、今年2月5日と6日の2日間、同社が運営するほぼ全店にあたる500店舗を一斉休業して業界の大きな話題になりました。従業員からの要望が強く、休日の確保が現場の士気向上につながるという判断から実施されたもので、同社が掲げる働き方改革の一環とされています。

 

働き方改革関連法を守り、社員とITに投資を

働き方改革関連法を勝機と見るか、あるいは脅威と見るかが今後の飲食店の経営を左右します。働き方改革関連法を脅威と見、それから逃げているようでは今後の経営は覚束ないでしょう。働き方改革関連法が定めるルールを無視し、旧態依然とした経営を続けていけば、破局に向かう可能性が高まります。

一方で、働き方改革関連法が定めるルールを守り、労働環境を改善して優秀な人材を確保できれば、新たな道が拓ける可能性が高まります。働き方改革でモラルやモチベーションが上がった社員をメニュー開発、サービス改善、顧客管理などのソフト面に投入すれば、店全体の魅力が大きくアップします。

タブレットPOSレジ
タブレット POSレジ

また、働き方改革関連法へ対応するに際し、飲食店の経営者には同時に店のIT化への対応もお勧めします。売上や在庫管理などを含むPOSシステム、スタッフの勤怠管理システム、顧客管理システムなどを導入し、キャッシュレスやモバイル対応なども含めてIT化、IoT化すれば、店の運営が大きく効率化します。効率化したお店を優秀な社員が回し、さらに向上してゆく善循環が発生すれば、店の売上も自ずとアップするでしょう。

飲食店の経営者にとっては、色々な意味で難しい時代が到来したのは間違いありません。しかし、働き方改革関連法の施行をチャンスととらえ、飲食業界の次の時代へ確実にステップアップしてください。

↓店舗IT化に関係する記事↓

飲食店におけるPOSレジの未来予想図。作業効率化とサービスの変化について

 


参考
https://www.mhlw.go.jp/content/000474499.pdf
https://kigyobengo.com/media/useful/1049.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000303.000001049.html
https://www.inshokuten.com/recruit/knowledge/questionnaire/detail/248