ニューヨークの高級和風レストランMomofuku Ko(モモフク・コウ)が、今年2022年6月をもってチップ不要システムを廃止し、話題になっている。ミシュランガイドから二つ星を獲得している懐石ベースの人気レストランは、2018年からチップ不要システムを導入していたが、諸藩の事情によりチップ制度を復活するという。その背景には何があるのか、現地の状況をお伝えする。

Momofuku Koという高級レストラン

Momofuku Ko(Momofuku Ko)は、韓国系アメリカ人起業家デビッド・チャン氏が立ち上げた懐石ベースの高級和風レストランだ。モモフクという店名は、日清食品の創業者でインスタントラーメンの発明者である安藤百福(あんどう ももふく)氏にインスパイアされて付けたという。2008年の開業以来ニューヨーク・イーストヴィレッジの地元民に愛され続け、2009年にミシュランガイドで2つ星を獲得して以来、今日まで星を守り続けている。

Momofuku Ko 公式サイト
Momofuku Ko 公式サイト

そんなMomofuku Koだが、2018年2月からチップ不要システムを導入し、話題となっていた。チップ不要システム、厳密には「チップ織り込みシステム」だが、一部の利用客からは、チップ不要システムを導入したことによりMomofuku Koは実質的に値上げをしたとの評価を受けていた。一方で、料理の値段にチップが含まれることにより、チップを計算して別途支払うといった面倒な手間から解放されたと評価する声もあった。そんな賛否両論を呼んだMomofuku Koのチップ不要システムだが、今年2022年6月をもって廃止された。その背景には何があったのだろうか。

そもそも、Momofuku Koはなぜチップ不要システムを導入したのだろうか。それについて、Momofuku Koは特に明らかにしていないが、ある業界関係者は、次のような理由があったのだろうと推察している。

ひとつめは店のスタッフの給与の安定化だ。ご存じの通り、チップは利用客の「善意」に基づき支払われるものだ。スタッフの態度が悪かったり料理やサービスに問題があったりすれば支払われないこともある。また、利用客によっては代金の20%を支払ってもらえたり、または5%しか支払ってもらえなかったりする。チップという「収入」は、安定性が恐ろしく乏しい水物のようなシロモノなのだ。20%のチップ相当の金額を「サービス料」などの名目であらかじめ代金に織り込んでしまえば、一定の安定性を確保できるだろう。

二つ目はスタッフ間の給与格差の是正だ。チップは通常、ウェイターやウェイトレスなどのフロアスタッフに対して支払われる。アメリカの多くの飲食店では、フロアスタッフが受け取ったチップを合計してポジションに応じて分配しているが、基本的に受け取れるのはフロアスタッフのみだ。キッチンスタッフはチップの恩恵は受けられず、店から支給される給与だけに所得が限定される。チップを代金に織り込み、店全体で受け取る形にすれば、チップの恩恵をキッチンスタッフにも分配することが可能になる。

しかし、四年間の試行錯誤を経て、Momofuku Koのチップ不要システムは廃止となり、改めてチップ制度が復活することとなった。なぜだろうか。

チップ制度を復活する理由

チップ制度を復活する理由についてMomofuku Koは、「人材獲得上の競争優位性を確保するため」であると説明し、チップ不要制度を導入したことについては、「まったく機能することがなかった」と素直に失敗を認めている。チップ不要システムを導入したことでフロアスタッフの反発を招き、少なくない数のフロアスタッフが他店へ移っていったという。

アメリカの飲食店では、伝統的にフロアスタッフの給与が低水準に抑えられ、不足分をチップで賄うというスタイルが一般化している。フロアスタッフの中でもウェイターやウェイトレスのチップ収入の額が多く、中には1日に数百ドルを稼ぐ人もいる。ウェイターやウェイトレスの多くはより多くのチップを稼げる職場を求めていて、実際に機会があればすぐに転職してしまう。飲食店の方でも、チップを稼げるウェイターやウェイトレスの多くには常連客が付いているので、売上的にプラスになる。稼げるウェイターやウェイトレスは、特に人材不足に苦しむ現在のアメリカの飲食業界においては、まさに引っ張りだこなのだ。

そうした状況の中、あえてチップ不要システムを導入すれば優秀な人材ほど離れて行ってしまうであろう。客観的に見ると、Momofuku Koの選択は自滅を招いたと言わざるを得ないかもしれない。

それでもあきらめないMomofuku Ko

チップ不要システムを廃止し、改めてチップ制度を復活させたMomofuku Koだが、それでもチップ不要システムをあきらめていないという。チップ不要システム、つまりチップ織り込みシステムを普及させ、スタッフの給与水準を上げて安定化させることが、業界全体において長期的に求められているとしている。

実際、ニューヨークにおいては、日本の高級すし店などを中心にチップ不要システムを導入している店が少なからず存在している。利用客が店の料理やサービスに満足し、チップ相当の金額を織り込んだ「プレミアム価格」を納得して支払ってくれるのであれば、チップ不要システムは成立するということだろう

日本文化としての「チップ不要文化」

ところで、日本の飲食業界においてはアメリカのようなチップ文化は存在していない。日本ではチップは不要であり、アメリカ人旅行客がテーブルに置いたチップを店のスタッフが走って届けるといった逸話が少なからず流布している。日本の「チップ不要文化」は、特にアメリカやイギリスなどのチップ文化が当たり前の国の観光客から非常に高く評価されている。

日本の飲食店は、総じて料理やサービスのクオリティが高く、訪日観光客の満足を十分に満たしている。別の記事で、訪日客の来日の最大の目的が「日本食を食べること」であることを紹介したが、高いクオリティの料理やサービスを経験し、しかもチップ不要であるということは、訪日観光客にとっては非常にインプレッシブな体験となるのではないか。もはや日本文化と言っていい日本のチップ不要文化を、我々はもっと声高に海外に向けて喧伝してもいいように思う

参考
https://ko.momofuku.com/
https://ny.eater.com/2022/6/13/23166180/momfuku-ko-no-tipping-gratuities-labor-nyc-restaurants