農林水産省が、海外のシェフ達に日本料理教室への参加を呼びかけている。募集要項によると、日本料理教室は8か月のプログラムで、海外に在住の18歳以上のシェフが対象となっている。応募資格には「日本料理を学びたいという積極的なモチベーションと、日本料理に関する基本的な知識を有する」ことなども含まれ、日本料理と縁のある人が対象となっている。また、「礼儀、協調性、良きマナー、規律、他者への尊敬の念を持っていること」という、いかにも日本のお役所らしい条件なども含まれている。

日本料理講習会マーク
日本料理講習会マーク

プログラムは無償で提供され、しかも日本への往復航空券、プログラム期間中の滞在費なども提供されるという。なんとも大盤振る舞いだが、農林水産省がここまでの負担をする理由は何だろうか。

 

 

海外で増加するニセ日本料理店、本物の日本料理のイメージ低下も

最大の理由は海外で増加するニセ日本料理店の存在だろう。農林水産省の調査によると、2017年10月時点の海外の日本料理店の数は11万8千店で、2年前の2015年7月から3割、2006年から11年で5倍に増加したという。

増加の理由は世界的な和食ブームだ。2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、今や和食は世界的に人気の食文化となった。寿司、刺身、すき焼き、てんぷらなどの伝統的な和食に加え、ラーメン、カレー、とんかつ、うどん、お好み焼きといった、これまではマイナーな位置にとどまっていた和食ですら外国人に好まれるようになってきた。

一方で、海外の日本料理店の多くが「正しい和食」を提供しないニセ日本料理店であるとされる。ニセ日本料理店の多くは中国人や韓国人が経営していて、中には「謎の日本料理」を提供する怪しい店も少なくない。

筆者が前にロサンゼルスに住んでいた時、筆者のアパートのそばに「銀座」という名の日本料理店があった。客席数20席程度の小さなお店だが、韓国人の夫婦が経営していた。1度だけそこで食事をしたことがあるが、「焼肉丼」を注文したところ、韓国料理のプルコギのようなものに大量の紅しょうががのせられて供されてきた。これはどう見ても日本料理ではないだろうと思いながらそれを食べたが、変に甘辛い味付けは、やはりどう考えても日本風ではなかった。

アメリカ人の多くは日本人ほど食にこだわらないので、そのような料理が出されても、それが日本料理だと思って普通に食べてしまうだろう。一方で、和食のブランドを守るという意味においては、ニセ日本料理店の存在は決してプラスにはならない。農林水産省が日本料理教室を無料で開催することの背景には、和食のブランドを守るという日本の戦略があるといっても過言ではないだろう。


海外の日本食レストランを農林水産省が推奨

一方で、農林水産省は2006年頃より海外の日本食レストランを推奨するという活動を進めている。まずはニセ日本料理店が多いとされるフランスで、「オーセンティック(正統的)な日本食を提供するレストランを推奨する制度」を設けるという活動が展開された。ところが、「オーセンティックな日本食」とは何かという根本的な議論が生じ、活動は農林水産省が思うように進まなかった。最終的には、有識者会議によって「『正しい日本食』を判断する統一の基準を設けない方針を決めた」という形でいったん決着することとなった。

日本料理調理技能認定制度
海外における日本料理の調理技能認定制度マーク

それから10年後、農林水産省は2016年に新たに「海外における日本料理の調理技能の認定に関するガイドライン」を定め、念願の海外の日本食レストラン推奨制度を事実上実現させた。本ガイドラインでは、「民間が主体となって日本料理の調理技能の認定の取組を促進し、日本料理に関する適切な知識・調理技能を修得した外国人料理人を育成し、認定数を増やしていくことで、日本食・食文化のブランド力の向上と日本産農林水産物・食品の利用拡大を図る」としており、「正しい日本食の定義」にこだわらず、あくまでも日本料理の知識や技能を認定することで「正しい日本食レストラン」を認証するというかたちにしている。

現実を見据えた対応だと感心するが、本制度の認定状況は2018年3月31日時点で470人にとどまっている。いずれにせよ、制度そのものの認知が広まれば、やがては認定者数も増えてくるだろう。

先行するイタリアの事例

MOI認証マーク
MOI認証マーク

なお、国が海外の自国の料理店を認証する制度は、日本に先駆けてタイやイタリアも実施している。特にイタリアの認証制度は有名で、イタリアホスピタリティ国際認証制度(MOI)として知られている

MOIはもともと、イタリア国内のレストランのサービス向上を促す目的で始まったのだが、やがて世界中のイタリア料理店の「イタリアらしさ」を正式に認証する制度へと進化した。MOIの審査基準は非常に厳しく、「プロのイタリアンシェフの公認」「イタリア国内のイタリア料理レストランでの6ヶ月間以上の修行経験」「イタリア国外のイタリア料理レストランでの3年以上の修業経験」のいずれかが必要となっている。また、メニューにも厳格な基準が定められ、「正しいイタリア語」で表記されている必要もある。

筆者も昨年初めてイタリアを訪れ、その食文化の豊かさに感銘を受けたが、MOIを厳格に適用する事でイタリア人は海外におけるイタリア料理のブランドを守ることに成功しているようだ。日本の日本料理店の認証制度も、最終的にはこのMOIのような形へ昇華するのが望ましいだろう。

重要なのは料理人の労働倫理とプライド

ところで、筆者のアメリカ人の友人に大変な日本びいきの男がいる。6年前に初めて来日して日本が気に入り、以来年に数回来日するリピーターだ。彼は特に日本での飲食が大好きで、来日するごとに様々な料理を楽しんでいる。

そんな彼に、どうしてそんなに日本で食事をするのが好きなのかとたずねたら、日本の飲食店は「レベルが異次元だから」という答えが返ってきた。

彼が住むサンフランシスコにも日本料理店は数多く存在する。寿司もてんぷらも焼き鳥も食べることができる。しかし、どの店に行っても日本で得られるレベルの料理は食べられない。一方、日本に来てみるとまるで違う。同じ「寿司」を標榜していてもレベルが全然違う。まるでまったく別のものを食べているようだという。

その理由は何だと思うかとたずねると、「料理を作っている人のレベルが違う」という。「日本では料理人のレベルが総じて高い。勤勉で勉強熱心で、サービス精神が豊富だ。アメリカの料理人は総じて勤労意欲が低く、モラルも良くない。この、料理人の労働倫理とプライド
の違いが、料理の品質に現れていると思う」

結局のところ、「正当な日本料理」を生み出しているのは、日本の料理人の高い労働倫理とプライドということなのだ。日本の料理人は、海外からそのように見られている。そして、そのことを、我々一般の日本人はもっと誇りに思ってもいいかもしれない。

 


参照

https://www.businesswire.com/news/home/20180416005471/en/Participants-Wanted-Japanese-Cuisine-Training-Program-Subsidized
https://www.japantimes.co.jp/news/2016/01/18/national/japan-set-certification-program-washoku-chefs-overseas/#.W0as-dLih9M
http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/service/171107.html
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/syokubun/tyori.html




ライタープロフィール

前田健二

東京都出身。2001年より経営コンサルタントの活動を開始し、現在は新規事業立上げ、ネットマーケティングのコンサルティングを行っている。アメリカのIT、3Dプリンター、ロボット、ドローン、医療、飲食などのベンチャー・ニュービジネス事情に詳しく、現地の人脈・ネットワークから情報を収集している。