オランダのシェフ、ジャン・スミンク氏が、世界で初めて恒常的に提供されるコース料理に3Dプリンターを活用したとして話題になっている。3Dプリンターといえば主に工場などのモノづくりの現場や、医療や歯科医療の領域で導入が進んでいるが、飲食店に本格的に導入されるケースは珍しい。スミンク氏は、3Dプリンターをどのように活用しているのだろうか。
オランダのシェフの挑戦
まずはスミンク氏が導入した3Dプリンターを見てみよう。スミンク氏が導入したのはオランダの3DプリンターメーカーのbyFlowが開発した小型フード3Dプリンター「フォーカス3Dプリンター」だ。フード3Dプリンターそのものは30センチ角程度の大きさで、FDM(Fused Deposition Modeling/熱溶解積層法)と呼ばれるタイプのものだ。付属しているコンテナーに野菜のピューレなどを充填し、ノズルから吐出して積層造形する。
スミンク氏は、これまでにカリフラワーのピューレやカレーペーストなどを素材にして皿にクリエイティブなデザインを施し、お客を喜ばせている。動画を見る限りでは、同氏のデザインは、確かに人間の手によっては実現が難しそうに見える。実際のところ、人間の手によっては実現が困難なものを実現できるのが3Dプリンターの醍醐味のひとつである。その意味において、スミンク氏は3Dプリンターに適切な仕事をさせているといえるだろう。
過去にはミシュラン星シェフも3Dプリンターを利用
ところで、料理に3Dプリンターを活用したのはスミンク氏が初めてではない。バルセロナの名門レストラン、ミラマールのミシュランスターシェフのパコ・ペレズ氏や、同じくスペインのミシュランスターシェフのジョエル・カスタニエ氏も、これまでに3Dプリンターを使って料理したことがある。しかし、いずれも試験的に活用した感が否めず、スミンク氏のように恒常的に活用したわけではない。
コース料理に3Dプリンターを活用飲食店以外では、アメリカ軍がフード3Dプリンターを使って兵士の食事を料理する実験を行っている。また、ユタ大学附属病院も、フード3Dプリンターを使って患者の食事をカスタマイズして料理する実験をおこなっている。3Dプリンターで料理することで、患者の体調や必要な栄養素などに合わせて料理することが可能になる。また、柔らかい食材を使うことで、嚥下障害(食べ物がのみこめない、のみこみにくい障害。高齢者に生じやすい)の患者に食べやすい食事を提供することも可能になる。3Dプリンターは、現時点ではレストランなどの飲食店よりも、医療や介護の領域での導入が先行しているというのが実際のところだろう。
思ったほど普及が進まない理由とは?
では、なぜ飲食店で3Dプリンターの導入が進まないのか?その最大の理由はコストだ。スミンク氏が導入した3Dプリンターは1台4000ドル(約44万円)もするという。スミンク氏は2台の3Dプリンターを使っているので、導入コストに8000ドル(約88万円)を支払ったわけだ。このコストでは、導入を躊躇されてしまうケースが多くなってしまうだろう。
ところで、世界にはフード3Dプリンターを作っている会社が何社かある。有名なのはスペインのナチュラル・マシーンズ社、ドイツのバイオズーン社、アメリカのスリーディーシステムズ社だ。ナチュラル・マシーンズ社とバイオズーン社は、スミンク氏が使っている3Dプリンターと同様に野菜ピューレなどの食材をプリントするタイプの3Dプリンターを製造している。しかし、いずれも価格が5000ドル(約55万円)程度となっている。
スリーディーシステムズ社は、シュガーパウダーを素材にキャンディーなどの菓子を製造する3Dプリンターを製造しているが、それも価格が1万ドル(約110万円)以上と高額だ。フルカラーでプリントできるなど性能は申し分ないが、価格が高いのがネックだ。
フード3Dプリンターの性能は十分に上がってきているので、コストが下がれば導入が進む可能性が高い。実際、日本でも価格3万円台のクッキー型製造用3Dプリンターが、アイシングクッキー(オリジナルデザインのクッキーをつくるアートワーク)愛好家の間でそれなりに売れているそうだ。各種のフード3Dプリンターの価格が10万円を切る水準になれば、導入するシェフの数がそれなりに増えてくると筆者は予想する。
挑戦を続けるスミンク氏
3Dプリンターを導入した理由について、スミンク氏は「お客様にサプライズを与えたかったから」とコメントしている。確かに、スミンク氏がデザインする各種の奇想天外な形状の料理は、他のレストランではまずお目にかかれないだろう。
スミンク氏は、今後は来店したお客の似顔絵を3Dプリンターで描くことなども計画しているそうだ。なるほど、結婚式のパーティーなどで新郎新婦の似顔絵を描いた料理が運ばれてきたら、確かにそれなりのサプライズになるだろう。
飲食店における3Dプリンターの活用は、黎明期というよりは始まったばかりというのが実際のところだろう。フード3Dプリンターの価格が下がり、性能がさらに向上すれば、導入するシェフや飲食店は間違いなく増えてくるだろう。そして、フード3Dプリンターの導入が進めば、それを活用して様々なクリエーションにチャレンジする人も増えてくるに違いない。
最後に、フード3Dプリンターの日本の飲食業界への影響について書いておきたい。筆者が確認したところでは、現在のところ日本においては、スミンク氏のように飲食店が本格的にフード3Dプリンターを導入したケースは確認できていない。一方で、菓子作りの現場などで3Dプリンターを活用するケースが着実に生じつつある。同様のケースが今後、レストランにおいても生じる可能性は高い。そして、一旦導入が始まれば、創造性あふれるシェフたちに、それを使って自らの料理の表現性をさらに高めようとする機運が生じる可能性が高い。そのような状況になれば、日本発のフード3Dプリンター活用事例が世界を驚かすシーンがでてきても不思議ではないだろう。
参照:
https://idarts.co.jp/3dp/netherlands-3d-printed-food-restaurant-byflow/
https://www.3dbyflow.com/home-en
https://www.cbsnews.com/news/restaurant-smink-dutch-chef-3d-printers-to-create-tasty-works-of-art/
https://www.youtube.com/watch?v=tG5EwNmUV8g
ライタープロフィール
前田健二
東京都出身。2001年より経営コンサルタントの活動を開始し、現在は新規事業立上げ、ネットマーケティングのコンサルティングを行っている。アメリカのIT、3Dプリンター、ロボット、ドローン、医療、飲食などのベンチャー・ニュービジネス事情に詳しく、現地の人脈・ネットワークから情報を収集している。