最近は、インバウンド(訪日外国人)が急増していると言われています。一方で歴史的な円安が加わり、ドルの為替レートは三十数年ぶりの水準になりました。

このインバウンド増加と円安には密接な関わりがあることは誰でもわかることでしょう。しかし、もっと深いところを探っていくと違った面が見えてきます。それは、インバウンドが大きく変化しているということ。またそれが、いくつかの問題にもつながっています。

今回は、最近のインバウンドと円安の関係を説明したうえで、筆者が感じている変化と、これからの飲食店が取り組むべき対策について考えます。

増加するインバウンド

コロナの水際対策が本格的に緩和されたのは2022年10月のこと。その後、インバウンドが急増し、過去最高を更新するペースで増え続けています。2024年1~5月のインバウンドは、1464万人。これはコロナ前の2019年1~5月と比べ6.5%増です。このままいけば2024年通年でも、2019年の3188万人を超え、過去最高を更新する可能性が高いと言われています。

参照:日本政府観光局 訪日外客統計

歴史的な円安

そして、もう1つのトレンドでもある円安。ニューヨーク市場では、およそ37年半ぶりの円安ドル高水準を更新するなど、異常な為替レートとなっています。37年前と言えばバブル期であり、元号で言えば昭和。いかに時間が経っているかがわかります。JPY-USD

ちなみに、2011年10月には史上最高値となる1ドル=75円32銭を記録しています。たった10年ちょっとで相場が倍以上違うことになります。恐ろしいですよね。

この異常な円安により、飲食店では仕入れ値が上がっています。他の要因もありますが、円安は大きな問題。国産品であっても、それらを育てるために使う肥料や飼料、さらには運搬するのに必要なガソリンが高騰するわけですから、結局は値上がりしてしまうのです。

物価が高騰しなかった日本

もうひとつ。世界の多くの国と日本を比較して、違ったことがあります。それは、物価が高騰しなかったという点。もちろん、日本の物価も上がってはいます。ですが、世界の多くの国ほどは上がっていないのです。

先日友人が、「5年前に留学していたカリフォルニアに行ったら、朝食が3000円。カジュアル レストランでディナーを食べたら、1人1万円近くになっていて、ボトルワインをオーダーできなかった」と嘆いていました。以前の話を聞けば、朝食は1000円以下、カジュアルレストランはボトルワインをつけても4000円程度だったそうで、恐ろしい値上がりです。

もちろん、円安も重なってのことですが、当時のドルの相場は110円前後ですから、物価上昇の影響が大きいことが分かります。

また身近な数字として「ビッグマック指数」というものがあります。これは、各国・地域におけるビッグマックの平均価格を比較し、為替レートや物価水準、購買力といった経済状況を比較するための指数。

この2024年1月の数値では、最高はスイスの1207円、ノルウェーの1056円。ユーロ圏は867円、アメリカは841円、韓国は607円、中国は513円。そして日本は450円ですから、日本の物価水準が目立って低いことが分かります。

円安により変化した客層の変化

前置きが長くなりましたが、日本を取り囲む環境が変化したことで、インバウンドが大きく変わってきています。

以前の日本は物価が高い国でしたが、円安で行きやすい旅先となりました。一方で、オーバーツーリズムの問題がでてきています。これは、人気観光地で混雑や渋滞が起こり、地域住民が公共交通機関に乗れないなどの問題に巻き込まれること。また、ごみのポイ捨てや強引な動画撮影などのマナー違反も起こっています。

しかし、見落としてはいけない点があります。

2024年のインバウンド数は増えたとはいえ、2019年の記録を数パーセント上回る程度です。それでは2019年当時、今ほどオーバーツーリズムの問題があったかと言えば疑問がでてきます。問題はあったものの、許容できる範囲であり、全体としてはインバウンド歓迎というムードだったのではないでしょうか。

それもそのはず。日本は物価の高い国という位置づけだったので、経済的に恵まれた人しか行けない国でした。

しかし現在では、日本は安くてお得な国となりました。仮に、旅行費用を10万円とした場合、2019年当時では909ドル必要だったものが、2023年には630ドル程度になりました。さらに物価上昇を考えれば、インバウンドが増加するのは当たり前です。

それでも同じインバウンドの層が来ているのであれば、もっとお金を使ってくれるかもしれませんが、実際にはそうはいきません。この変化に気づかせてくれたのは中国人の知り合いです。

「以前は私の国の豊かな人は、日本に喜んできていた。そして買い物をして帰った。でも最近はヨーロッパやアメリカに行く。日本に来るのは普通のクラスの人だ。だから、お金を使わない」

筆者は、この中国人の話を聞いて妙に納得しました。筆者の周りには飲食店経営をしている人が多いのですが、みな、インバウンドが使う金額が低くなったことに気づきはじめていたからです。豊かな人は旅先でお金を自由に使う傾向にあり、そうでない人はお金を使わない。これは万国共通のようです。

例えば、「居酒屋に入って、ドリンクは1杯のみ。あとは水を何杯も飲みつつ長時間居座る」「グループの中に何も頼まない人がいる」などの嘆きを耳にします。目に見えて客単価が下がっている店もでてきています。

ちなみに海外では、水はお金を払って飲むものです。無料で出すのは日本独自の文化。本来であれば有料のものを、何杯でも無料で飲めるとなれば、そのお得な感じを実感したいと思って当然なのかもしれません。ですが、飲食店側としては、やっていられないというのが本音でしょう。

飲食店の賢いインバウンド対策

いろいろと困った面はありますが、それでも飲食店としてはインバウンドを取り込みたいと考えるところが多いはず。では、どのような対策をすればよいのでしょうか。これには、3つの方法があります。

ルールは着席前に明確に伝える

席に着いてからあれこれとルールを伝えたのでは、理解できないこともありますし、理解しようとしない(あるいは理解できないふりをする)こともあります。

そこで、英語表記で分かりやすく印刷した紙などを作り、「 1人あたり、料理一品、ドリンク 1品を注文しなければいけない」「90分で席を空ける」「案内した席以外は使ってはいけない」などとしっかりと伝え、了承してはじめて席に案内します。

「英語はわからない」という方には、スマホを使って訳してもらってください。

日本人の感覚ではお客はおもてなしの対象で、あまり厳しいことを言いたくないと感じるかもしれません。ですが、それは共通のマナーがあって成り立つもの。国や人によってイメージするルールが違うので、伝えるべきことはしっかり伝える。これが重要となります。

ドリンクのおかわりなど、積極的にアタックする

日本人のお客の場合、グラスが空になるとおかわりを聞きに行くのに、海外の人だと尻込みしてしまう店があります。これは売上を下げることになり、決して経営的に正しい選択とは言えません。インバウンドにもサジェストはしたいものです。

しかし、「何と言ったらいいかわからない」という人もいるでしょう。そこで知人の話を紹介します。彼はまったく英語が喋れませんが、ニコニコ笑顔で「 ワンモア ドリンク?」と語尾を上げて聞きにいきます。そして高い確率で追加注文をもらってきます。彼曰く、「接客は笑顔があれば何とかなる」だそうです。

ちなみに彼は、水を繰り返し飲む人に対し、「ノー!ワンウォーター、パー、ワンドリンク(水はドリンク1杯につき1杯)」と強めに言っています。もちろん、日本語にしか聞こえない英語ですが、それでも何とかなるそうです。

積極的にスマホを使う

お客をおもてなしの心で歓迎しようとする日本人は、相手の言葉がわからなくても、何とか要望に応えてあげたいと考えます。これは間違っていませんし、素晴らしいことです。

しかし、言葉がわからないとどうしてよいのか分からず、関わらないようにしがちです。これではいろいろな誤解を生んでしまいますし、インバウンド側も楽しめません。

以前はこのような時にはどうすることもできませんでしたが、今はスマホがあります。それを積極的に使ってもらいたいと明確に伝えれば、コミュニケーションが簡単にとれます。

筆者の知っている店舗では、以前は、 「Translate on your smartphone」と行っていたそうです。ですが これだと、英語が喋れると思われるということで、あえてしゃべれないことを伝えるそうです。辛うじて伝わるレベルを目指し、笑顔でスマートフォンを指さし、「トランスレート」と言うようにしたそうです。

人柄もあるかと思いますが、言葉が通じないことを承知で、スマホ片手に話しかけにくる外国人が多いそうです。

 

インバウンドに別料金を設定するのもあり

最近の傾向のひとつに、日本人および日本在住の外国人と、旅行で来ている外国人の料金を分ける店が出てきています。それはひどいと感じる人もいるかもしれませんが、それらの店では英語が話せるスタッフをおき、丁寧に説明を加えることで快適な環境を提供しています。インバウンドにもおおむね好意的に受け入れられているようです。

海外の人を騙し討ちして高額なお金を騙し取るのではなく、特別なサービスを上乗せすることで、その分の料金をいただきますというスタンスです。どうしても抵抗があるという人については、インバウンドを高くするのではなく、「日本人および日本在住の外国人の方は1000円引き」などとすると印象が変わるかもしれません。

積極的なインバウンドの受け入れ

インバウンドは変化してきました。しかし、全体的な流れとしてはお金を使わない人が増えたとはいえ、個別に見て行けば、金額を気にせず使う人もたくさんいます。それであれば、経済的に余裕のあるインバウンドを積極的に受け入れる方向にシフトする方法も考えるのはどうでしょうか。

例えば、高めのインバウンド用のコース料理やサービスメニューを作り、写真映えのするスポットで食事をしてもらうのもひとつです。また、コースの説明はモバイルオーダーを使って多言語対応にしておくのもよいでしょう。注文もモバイルからできれば、スタッフが関わらなくても問題ありません。

経費がかかると言うなら、東京都が行っている「インバウンド対応力強化支援補助金」などを活用する方法もあります。

飲食店が活用する場合、都内にある店舗で中小企業が経営しているなどの条件がありますが、

  • ホームページの多言語化
  • 多言語対応タブレットの導入
  • 翻訳機の購入
  • 公衆無線LANの設置
  • クレジットカードや電子マネー等の決済機器の導入
  • 外国人用グルメサイトへの掲載に要する費用

などが補助金の対象です。

補助対象経費の2分の1以内が補助額となりますので、積極的に活用を考えてください。他の地域でも補助金があるところがあります。

最後に

今回は最近のインバウンドの変化と飲食店が取り組むべき対策について書きました。お客さまは神様で、絶対的な性善説で対応してきた日本ですが、文化や感覚が違うインバウンドには、しっかりと「NO!」を伝えることも大切です。

多くの旅行者は常識的ですし、本心から日本を楽しもうとしています。それを受け入れ、さらによい体験をして帰国してもらうためにも、おもてなしの心で歓迎しつつ、 ダメなことはダメとしっかり伝えるなど、日本人も変わるときがきているのかもしれません。