2020年6月1日。改正食品衛生法が適用となり、食品を取り扱う業者すべてにHACCPの導入が義務づけられました。もちろん、飲食店も対象です。
そして新規店だけでなく、既存の店舗も対象で、千店舗以上あるチェーン店も一人で運営している飲食店も例外はありません。

営業許可書の更新はまだ先だからと、詳しいことを調べずにここまで来た人も多いかと思いますが、そう言ってはいられません。

今回は、今さら聞きにくい、HACCP義務化の中、何をすべきかについて解説します。

そもそもHACCPとは何か?

HACCPとは、「Hazard Analysis and Critical Control Point」の頭文字をとった言葉。発音は「ハサップ」です。

前半の「Hazard Analysis」は危害要因分析、後半の「Critical Control Point」は重要管理点を意味します。

”危害要因分析”とは、仕入れから商品提供、食事が終わって店舗を出る、あるいは持ち帰って食されるまでの各工程ごとに、健康被害に繋がるおそれのある原因がないか調査することです

危害要因としては、食中毒菌や有害化学物質、硬質異物などが考えられます。

”重要管理点”とは、危害の可能性があるものをなくしたり、最小限に抑えるなど、直接管理できるポイントを継続的に管理、記録することを指します。

HACCPは世界的で導入されている基準

HACCPは日本独自のものではなく、国際的な衛生規格です。アメリカやEUなどでもHACCPによる衛生管理が義務づけられています。グローバル化が進む中、日本の食品衛生レベルを世界基準に合わせようと、HACCP義務化の動きが高まりました。

筆者としては、日本の衛生レベルは世界有数に高いと思っているので、「世界基準に合わせる」と言われると、ちょっと違和感があるのですが、世界中の人が安心して利用できる基準を採用したと理解すればよいかと思います。

また、日本でも、飲食店による食中毒事故が発生しています。これをゼロにするための取り組みだと考えれば、さらに納得できるのかもしれません。

飲食店で取り組むべき3ステップ

HACCPは食品を扱う業界全体に導入を義務化されたものですから、全体を見てしまうと、何から取り組むべきかが分かりにくくなります。

ここからは、飲食店で取り組むべきことに特化して説明します。

飲食店が実施することは以下の3つです。

1.衛生管理計画の策定
2.計画に基づく実施
3.確認・記録

ひとつずつ見ていきましょう。

1.衛生管理計画の策定

衛生管理は、気がついたことをその都度やるのでは偏ってしまいますし、十分にはできません。そのため、最初にやるべきなのは、衛生管理計画の策定です。

衛生管理のポイントは、日頃から店内で行っていることを、洗い直すことからはじめるべきです。

計画を立てるヒントは、5W1Hです。

■Whenーいつ

いつ実施するかを決めます。

■Whoーだれが

だれが行うか。また、だれが行っても同じように実施できることもポイントです。

■Whereーどこを

清掃をするならどこをやるのか。また、食材を管理するにはどこに収納すればよいのかなどを明確にします。

■Whatーなにを

例えば、温度チェックをする場合に何を使うのか、清掃するには何を使うのかなどを明確にします。

■Howーどのように

どのような方法で実施するかを決めておきます。

■Whyーなぜ

ただ漫然とやったのでは目的は達成されませんし、トラブルに対応できません。
なぜそうする必要があるのかをスタッフのレベルにあわせて理解してもらい、周知徹底を図ることも重要です。

例えば、原材料が納品されたときの検品は、納品物をその場で確認し、適切な状態かどうかを判断する必要があります。納品数だけを確認するのでは不十分で、液漏れがないか、温度は適切かなどを確認するのです。

また、確認が終わったら、速やかに適切な場所にしまう必要もあります。

これをまとめて検品と言うべきで、これを明確にすることがHACCPで求められる最初のステップとなります。

危険温度帯を避けることが衛生管理の基本
食品には危険温度帯があるのをご存知でしょうか。
これは、10~60℃の間であり、菌や微生物が繁殖しやすい温度帯です。つまり、この温度帯を可能な限り避けることが食品管理の基本となります

ただし、この温度帯の避け方は、食品やメニューによって違います。何でも加熱すればよいというのなら、刺身やサラダは提供できなくなってしまいます。

そこで、料理を3つのグループにわけることからはじめます。

料理の3分類

■第 1 グループ 加熱しない料理
■第 2 グループ 加熱して提供する料理
■第 3 グループ 加熱調理後冷却し、再加熱、または、加熱後冷却する料理

 

■第 1 グループ 加熱しない料理

刺身やサラダなどが代表的なものです。

この調理には加熱調理工程がないため、60℃以上にすることができません。つまり、食材に菌が付着していても除去することができないと言うことです。

そのため、有害な微生物に汚染されていない食材を使用することが最優先です。また、野菜など、土壌で栽培するものは菌が付着しているのが通常で、まったくのゼロにすることは物理的に不可能です。そのため、付着した有害な菌や微生物が、それ以上、増殖しないように冷蔵庫で保管します。つまり、10℃以上にしないことが重要です

■第 2 グループ 加熱して提供する料理

これは、加熱することで、菌や微生物を殺す料理です。

鶏肉などの生肉や内臓に存在している可能性のある腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラ属菌などによる食中毒を防ぐには、75℃以上の状態で1 分以上加熱することが必要です。

表面だけでなく、中心まで75℃以上にしなくてはならないので、注意が必要です

また、まな板や調理器具を介して、第 1 グループの「加熱しない料理」を汚染しないような注意が必要です。

■第 3 グループ 加熱調理後冷却し再加熱、または、加熱後冷却する料理

加熱すれば安心というわけではありません。調理したものを長時間室温においておくと、食品に残っていた菌が繁殖したり、加熱後に有害な微生物などが付着し、それが増殖して健康被害につながることが考えられます。

これを避けるには、加熱後、危険温度帯である10~60℃をできるだけ短時間にし、60℃以上で保管するか、素早く冷却することが重要となります。

冷却時間の目安として、国内の給食施設では、30 分以内に 20℃以下に、1時間以内に10℃以下に冷却するルールとなっています。ちなみにアメリカでは、 2時間以内に 21℃以下に、さらに 4時間以内に 5℃以下に冷却することとされています。せめて、アメリカの基準は守るようにしてください。

2.計画に基づく実施

計画を立てても、正しく実施されなくては意味がありません。着実に実施されるには、工夫が必要です。そのためには、分かりやすい工程にすることと、周知徹底が欠かせません。マニュアル化も重要となります

ルールを言語化する
正しく実施されるためには、おのおのが実施していることを統一し、言語化することが重要です。

例えば、刺身なら、「冷蔵庫で保管」と単純に決めるのではなく、「提供する直前にひとつずつ冷蔵庫から取り出し、余ったものは、その都度、冷蔵庫に戻す」などとします。

調理後、冷やして再加熱した後に提供するスープなどは、「加熱調理後、30分たったら冷蔵庫に入れて冷却する。再加熱の時には、気泡が全体に出てきたら提供可能」など、分かりやすい基準が必要です

どうしても分かりにくい肉類や魚の焼き加減に関しては、調理担当者が定期的に中面の温度を測るなどでして、どのような状態であれば提供可能なのか。肉の弾力や 見た目、調理の火加減などをそれぞれの目で、しっかり確認します。こうすることで、感覚だけに頼らない、確実な調理を行えるようになります。

分かりやすい工夫をする

ルールはたくさんあると覚えるのも大変で、実践されなくなります。そうならないために、
ルールはできるだけ簡単なものにする必要があります。

食中毒発生の5つの落とし穴と予防に欠かせない基本的な対策例えば、使い終わった食品容器に、洗剤などをいれている店舗がありますが、これは危険です。具体的には、2リットルのペットボトルに消毒用アルコールや洗剤を入れている例です。

ベテランから見れば「アルコールはニオイがあるから、誤用の心配はない」と言うのですが、アルバイト、特に新人は余裕がなく、突拍子のないことをしてしまいます

ペットボトルを使うなら、一目でわかるよう色分けし、「赤いテープが貼ってあるものは、食用ではない」とルールを決める必要があります。こうすれば、本人が覚えやすいだけでなく、周りの人も間違った行動をしたときに見つけやすくなります。

まな板や包丁などの調理器具は、肉や野菜などの用途別に分けます。そして使用後は速やかに洗浄し、熱湯か、塩素系殺菌剤または 70%アルコールなどにより殺菌した後、別々の場所にしまうようにします。

このとき、「別々の場所にしまう」とするだけでなく、肉専用の調理器具はここ。野菜はあっち、などと最初から別の場所を作ってしまえば、混乱なく実施できます

食材は先入れ先出しをしなければなりませんが、新しい食材は後ろにいれ、使うときは手前から。また横に並べてしまうときは、新しいものは右側に入れて、使うときは左側からなど基本的なルールを決めておくと、あれこれ覚える必要がなく、新人でも確実に行動できます。

交差汚染・二次汚染を防止するには、食材を収納する場所を決めておくことも重要です。

生肉、生魚、介類などの食材は、ふた付きの容器などに入れ、冷蔵庫の最下段に保管します。土のついた野菜などは、専用の冷蔵庫に入れるか、それがムリであれば、大きなポリ袋などで全体を覆い、最下段に保管します。

大型チェーンなどでは、箱ごと新しい大きなポリ袋に入れてから、冷蔵庫にしまっているケースをよく見かけます。

3.確認・記録

実施したことは、記録するようにします。

それには、記録用の用紙を作る必要もあります。また、緊急なことはすぐにしかるべき人の伝えますが、それほど重要ではないことなどは、記録用紙に書き留めるようにします。

また、記録用紙にはただ、マルやバツを書くだけでなく、担当者の名前も記入させます。そして、週に一度程度、店長などの責任者がそれをチェックするようにしてください。

食材の管理に温度チェックは欠かせませんが、冷凍庫、冷蔵庫の温度管理は、備え付けのセンサーだけに頼ってはいけません。基本的な温度チェックはそれを使って構いませんが、月に一度くらいは、備え付けのセンサーと温度計の温度で表示されたものが同じかを確認します。

また、異常な温度だった場合や、冷蔵庫などから異常音がする場合など、誰に伝えればよいのかを明確にしておく必要があります。

まとめ

飲食店にも導入されたHACCPについて解説しました。

すでに衛生にしっかりと取り組んでいる店舗は、それほど特別なこととは思わなかったのではないでしょうか。

ちなみに、HACCP導入にあたり、認証などを取得する必要はありません。衛生管理に正しく取り組むことが、HACCP導入になるのです。

また、食品衛生法において、HACCPを導入しなかった際の罰則などはありません。ただし、食品衛生法には「都道府県知事等は、公衆衛生上必要な措置について、第一項の規定により定められた基準に反しない限り、条例で必要な規定を定めることができる」との記載があります。

つまり、都道府県が定める条例により、その取り組みに違いがあるので、動向はしっかりチェックしてください。HACCP義務化非対応の場合、保健所からの指導が入ったり、営業許可が下りない可能性もあります。

ますます厳しくなる飲食店の経営環境ですが、お客のために、安心・安全を守るのは義務であり、使命です。
その意識を明確化するためのHACCP義務化であることを理解してください。

店舗運営には欠かせないPOSレジによる売上管理と同じく衛生管理に取り組んでいただければと思います。

 

関連リンク

HACCPに沿った衛生管理の制度化について(厚労省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html