先日、コロナ明けで三年ぶりにアメリカとカナダへ出張する機会があった。カナダ・カルガリーへの経由地としてミネアポリス空港でトランジットしたのだが、5時間ほど待機時間があったのを良いことに空港内のコンタクトレスオーダリングのカウンターバーを利用してみた。その際に思ったことなどをもとに、アメリカの飲食店におけるコンタクトレスオーダリングの今後の普及の可能性について考察する。
ミネアポリス空港のコンタクトレスオーダリングバー
羽田から11時間のフライトを経て到着した米ミネソタ州・ミネアポリス空港。警察官による黒人男性ジョージ・フロイド氏圧殺事件で全米の注目を集めたアメリカ中西部を代表する都市は、人口42万人のこぢんまりとした街だ。アメリカ入国審査とセキュリティクリアランスを通過した後、カナダ・カルガリーへのトランジット便搭乗までの待ち時間が5時間あった。せっかくなので地元のクラフトビールでも飲もうと思い、適当な店を探したところ、トランジット便の搭乗ゲートに隣接しているカウンターバーを見つけた。
カウンターへ腰かけ、注文しようとしてメニューを探した。しかし、メニューはどこにもなく、ウェイターやウェイトレスも見当たらない。そこで座ったカウンター席の卓上を見つめると、何やらQRコードが印刷された四角いプレートが置かれているのに気付いた。プレートに書かれたインストラクションを読むと、どうやらスマートフォンでQRコードを読み取って注文するらしい。なるほど、現在アメリカで普及が進んでいる「コンタクトレスオーダリング」の店であるらしいことに気づいた。
QRコードとスマートフォンで注文、支払はカードかモバイルウォレットで
コンタクトレスオーダリングの仕組みはシンプルだ。まずはスマートフォンでQRコードを読み取り、店の注文サイトへ移動する。そこで支払用のクレジットカード情報を登録すると注文ができるようになる。支払はクレジットカード・デビットカードに加えてGoogle PayやApple Payなどのモバイルウォレットでも行える。
注文はメニューが写真付きで表示されるので、好きなものをタップして数量を入力するだけだ。とりあえずビールが飲みたかった筆者はシエラネバダ産のクラフトビールを注文してみた。注文から3分程度で若いウェイトレスが冷えたビールを持ってきてくれた。コンタクトレスオーダリングということでお客と店のスタッフとの接触機会を可能な限り減らしているようだ。
なお、ウェイターやウェイトレスに対するチップの支払もスマートフォンで行う。注文画面に「TIP(チップ)」というメニューがあるのでそれをタップするだけだ。すると画面にチップのパーセンテージがメニュー表示されるので、そこから好きなパーセンテージを選ぶ。すると注文代金にチップが上乗せされる。
対面接客式の飲食店の場合、特に現金による支払いの場合、ウェイターやウェイトレスと数回やりとりする必要が生じる(一回目は勘定をもらうため、二回目は支払いをするため、三回目はお釣りやレシートなどを受け取るため)。コンタクトレスオーダリングでは、そのプロセスを完全に削除できるのは大きなメリットだ。特にトランジットの時間が限られた空港利用者などにとっては非常にありがたいだろう。
コンタクトレスオーダリングはQSRとテイクアウトが主体に
ところで、現在アメリカの飲食業界においては、QSR(Quick Service Restaurant)と呼ばれる業態と、テイクアウトのオーダリングなどを中心にコンタクトレスオーダリングの利用が広がっているという。特にQSRとテイクアウトの両方の機能を兼ね備えたドライブスルーにおいてコンタクトレスオーダリングの利用が拡大している。とどのつまり、お客が接客を必要とせず、あらかじめ注文したいものがわかっていて、可能な限りスピーディーに料理や飲み物を受け取りたいといったシーンにおいて、コンタクトレスオーダリングの利用が進んでいるのだ。
その意味において、ミネアポリス空港内にコンタクトレスオーダリングバーが出現したことは決して偶然ではない。国際空港のカウンターバーなどは基本的に旅行者や外国人を相手にしている。お客の多くは接客を必要とせず、あらかじめ注文したいものがわかっている(筆者がクラフトビールを求めていたように)。そして、可能な限りスピーディーに料理や飲み物を受け取りたいというニーズを大なり小なり持っている。国際空港のカウンターバーには、コンタクトレスオーダリングがマッチする環境があらかじめ整っていると考えられるのだ。しかも英語が話せない旅行者などにとっても、コンタクトレスオーダリングは極めて便利であろう。
対面による接客がなくなることはないが
ミネアポリス空港を出発して、さらに3時間のフライトの後、目的地のカナダ・カルガリーへ到着した。到着日翌日夜にクラフトビールを売りにしている現地で評判のレストランへ案内してもらった。大音響の音楽が鳴り響く店内では昔ながらにカジュアルな装いのウェイトレスが忙しく立ち回り、まめまめしくお客をもてなす姿が目に付いた。「おすすめの地元のクラフトビールは何ですか?」といった質問にも即答してくれ、愛嬌のあるサービスが気持ち良い、多くの地元民に愛される店だった。
今後時代がどのように変わっても、世の飲食業から対面による接客がなくなることはない。人々は対面で会話をし、店のスタッフや他のお客と交流し、家族や親しい仲間との食事を楽しむ。そうした普遍的な価値を提供するという機能こそ、飲食業が世に提供している大きなバリューの一つだ。
一方で、ミネアポリス空港内に登場したコンタクトレスオーダリングバーのような「新たな業態の店」も、今後さらに生まれてくるだろう。接客式飲食店とコンタクトレスオーダリングの飲食店とはトレードオフの関係にあるのではなく、互いに棲み分けされる存在だ。実際、コンタクトレスオーダリングの飲食店はその数を確実に増やし続けている。そして、その流れは、今後さらに勢いを増してゆくことになるのは間違いないだろう。