「いきなり!ステーキ」はコンセプトの新しさや圧倒的お得感から急速に話題を集め、店舗数を増やしました。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、数年前から急速に経営状態が悪化。社長も交代し、過渡期に入っています。
「いきなり!ステーキ」のたどった道は、飲食店経営の面から学ぶべき点が多くあります。ここでは、歴史を振り返りながら、どこで道を間違ったのかや、同じミスに陥らないためにどうすればよいかを検証します。
「いきなり!ステーキ」の歩み
まずは、「いきなり!ステーキ」のたどった道を見ていきましょう。
「いきなり!ステーキ」を運営するのは、株式会社ペッパーフードサービス。他に、「ペッパーランチ」(現在は投資ファンドに売却)、「炭焼ステーキのくに」「こだわりとんかつ かつき亭」などを運営する、肉料理に特化したチェーンです。
「いきなり!ステーキ」は、2013年に東京都銀座に1号店をオープン。その後、首都圏を中心に出店し、翌2014年には29店となります。
このときまで日本では、「分厚いステーキはテーブルに座ってゆっくり食べるもの」でしたし、「高価なもの」の代表でもありました。しかし、「いきなり!ステーキ」では自分のリクエストで切ってくれた分厚いステーキを安く提供する代わりに、立って食べるという斬新なスタイル。これがうけ、あっという間に話題になりました。都心の一等地にあったことも功を奏し、行列を作って食べる価値のあるステーキ屋となります。
2016年12月10日には東京都の小池百合子知事が自身のツイッターに、「いきなり!ステーキ」で立ち食いする様子を投稿したことでも話題となりました。
2015年からは地方都市にも拡大をスタート。1年で47店を出店し、その後も勢いは止まらず、2019年には500店舗に迫りました。1号店のオープンからわずか6年で500店舗は圧巻でした。
当然、売上高も右肩上がり。ペッパーフードサービスの売上高は、2013年に56億円だったものが、2019年には675億円と10倍以上に!
ところが、この2019年を境に業績は悪化します。売り上げ高は、2020年には310億円、2021年には189億円と一気に下がります。
経常利益は、2018年に38億円であったものが、2019年はマイナス0.3億円。そして2020年にはマイナス39億円。2021年には12億円の黒字に転換していますが、これは新型コロナによる雇用調整助成金と時短協力金を得たためであり、今後も不安定な経営が続く可能性があります。
この売り上げ不振の責任をとって、2022年8月12日には、創業者である一瀬邦夫社長が辞任。事業は副社長であった長男の一瀬健作氏が社長となり、立て直しを図っています。
「いきなり!ステーキ」失敗の4つの原因
では、なぜ、「いきなり!ステーキ」は失敗したのでしょうか。もちろん新型コロナも理由のひとつでしょうが、それ以外のところにも原因はあります。
筆者なりの観点で、4つの点について深掘りしていきます。
1.拡大路線をする中でコンセプトがゆらいだ
結果論ですが、都市部を中心に出店しているときは業績は好調でしたが、地方に進出を急いだことで売り上げを大きく減らすことになります。この理由は、都市部のコンセプトのままでは地方では戦えなかったという点があります。そして、この方向転換がうまくいかなかったのです。
例えば、「いきなり!ステーキ」のコンセプトで特徴的だったのが量り売りでした。しかし、いつの間にか基本的なグラム数が決められ、量り売りはより多くのステーキを食べたい人のみとなりました。これにより、「私のために切ってくれた肉」という特別感がなくなりました。
また、高価で分厚いステーキを手軽に食べれる代わりに、店内でゆっくりはできない点も斬新だと話題になったはずでした。しかし地方の店舗ではそれは通じなかったのか、イスの席ができるようになります。
立ち食いが基本で、注文から商品提供までは5分ほど。このスピード感が、ランチタイムに並んでも食べたい店となっていました。つまり、スピード感が重要だったと言うことです。
しかし地方に行くとスピード感の特徴であった立ち食いというコンセプトは求められず、テーブル席が必須だと感じたのでしょう。そして、この座って食べるシステムが都心の店舗にも導入されます。筆者は早い段階でオープンした新宿西口店を何度か立ち食いで利用していたのですが、その後、渋谷センター街店に行ったとき、イスがあって驚きました。
回転率から見れば、立ち食いと座るのでは大きな違いが出てきます。
例えば、駅前の立ち食いそば屋は10分以内で食事を終えて帰る人がほとんどですが、同じ価格帯のラーメンチェーン屋では座って食べるため、10分以内で帰る人はごく一部になります。
ステーキの場合、5分で提供し15分で食べ終わって席を空けてくれるのであれば、その人の滞在時間は20分です。ところが座って食べることで食事時間が15分が25分になると滞在時間は30分。この場合、前者であれば1時間あたり3回転していたところが2回転となり、売り上げは2/3になってしまいます。
もちろん、都心で通用したコンセプトのまま地方に進出したのでは頭打ちになります。地方に行くならば新たなコンセプトを作らなければならないこともありますが、それなら都心型店舗と地方型店舗とを明確に分ける方法もあります。何より、売り上げの柱になっていた部分に手を付けたことが失速の原因だったことは言うまでもありません。
2.立地調査が甘かった
真実のほどは分かりませんが、外食関係者の中では、「いきなり!ステーキは立地調査をしない」と言われるほど、十分な調査をしていませんでした。ネットでは「社長がGoogleマップを見て、出店場所を決める」とも言われるほどで、調査が不十分だったことは否めません。
都心部では多くの人は徒歩で来店するため、商圏は小さくなります。それでも十分な見込み客の計算が立つため、隣の駅に店舗があったり、ターミナル駅であれば西口と東口にあっても問題はありませんでした。
しかし、地方に行くと事情は大きく異なります。駅前のごく一部の店舗を除き、多くの店は車で来る人を計算に入れなければならず、当然、商圏は広くなります。
この結果、同一チェーンの店舗同士で客の奪い合いが起き、さらには似たようなコンセプトの店舗も出てきて、1店舗辺りの売り上げを大きく下げることとなりました。
3.原材料の値上がり
「いきなり!ステーキ」では当初、安さを売りにしていました。ですが牛肉の仕入れ価格は乱高下し、(何度か値を下げることもありましたが)基本的には価格を上げていきます。それにより、お得感がなくなったことが来客を減少させる原因となりました。
例えば、ランチタイムの看板商品でもあるワイルドステーキは、最初は300グラムにライス・サラダが付いて1000円。これが人気の的となりました。しかし、徐々に値上がりを続け、2016年3月からは1350円に。その後、2020年12月にはライス・サラダ・スープが別売り(200円)となって1290円(実質的には値上げ)。2021年12月には1640円となってしまいます。
ちなみに現在、ワイルドステーキ150グラムが950円ですから、およそ半分となっています。2020年12月にチキンステーキを導入するなど、いくつかの打開策も打ちましたが、お得感は出ないままとなりました。
(表記価格はすべて税別価格)
4.人件費の高騰
人件費の高騰はすべての経営者を苦しめていることでしょう。最低時給(全国加重平均額)は、2013年に763円だったものが、2021年には961円と、約1.26倍になっています。
さらに、「いきなり!ステーキ」では、当初とは違う営業スタイルに方向転換したことで、人を多く使う必要が出てきました。このことが当初の計算が成り立たなくなった原因のひとつです。
筆者の記憶では、当初はお客は店舗に入ると指定された席に荷物を置いた後、自分で肉のカット場に行って必要なグラム数を伝えるものでした。それがいつの日からか、テーブルで注文が聞かれるようになります。こうなると接客する人が必要になり、この分の人件費がプラスとなります。
高級なステーキを安く食べさせるには、人件費も極限まで抑えなければビジネスとしては成り立たないはず。ここにも誤算があったはずです。
多くのチェーン店が落ちる600店の壁
急激に店舗数を増やしたチェーン店はいくつもありますが、その多くが600店舗の壁を超えられなかった事実を知る方は少ないかもしれません。そして、「いきなり!ステーキ」もこの壁を越えることができませんでした。
同じく、600店の壁を超えられなかったのが、居酒屋「和民」「坐・和民」などで知られたワタミグループ。2014年には系列全店で最大約650店舗になりましたが、現在はブランド自体をなくす方向で、「ミライザカ」「焼肉の和民」に業態変更を行っています。
また、居酒屋「鳥貴族」は2018年11月に679店舗となりましたが、その後、緩やかに減少に転じ、「トリキバーガー」など新しいブランドを模索しはじめています。
チェーン店は話題となることで強気の拡大路線に入る一方、フランチャイズ加盟希望者が増えるために店舗数拡大に必要な本部のコストがかからず、店舗数を増やしやすくなります。ただ、勢いだけで増やせるのが600店ほどであり、この頃になると注目度も下がり、希少性もなくなり、お客の奪い合いになります。こうなると経営効率が落ちていくのです。
また、同じコンセプトのチェーン店が流行り出すのもこの頃で、この先は勢いだけでは立ち行かず、あらゆる面を見直す時期となるわけです。
しかし、すべてのチェーンが600店の壁を越えられないわけではありません。
「丸亀製麺」は2022年9月現在826店舗となっています。また、コメダ珈琲は2015年に614店舗、2016年には683店舗となり、2022年5末現在で950店舗と1000店舗に迫る勢いです。
さらに、600店舗の壁に苦しみながら、方向転換を図り、企業としてV字回復したチェーンもあります。それはラーメンチェーンの「幸楽苑」。2018年3月期決算では32億円の赤字を計上し、2019年12月から2020年4月までに51店舗を大量閉店させ、500店舗を切る状態になります。
この音頭をとったのは2018年11月に社長に就任した新井田昇氏。創業家の3代目であり、「新幸楽苑戦略」を打ち出して、さまざまな面から改革を推し進めます。2022年3月期での店舗数はさらに減少し434店ですが、外食業態に留まらない多角経営を目指し、2026年には外食事業売上400億円、非外食売上100億円を目標にしています。
そう言えば、「いきなり!ステーキ」の社長も息子に引き継がれました。これからの再起に期待したいところです。
情報を制するものが勝者となる
何にしろ、最初は話題性もある一方、希少性もあることから一気に拡大路線をとりたいところかと思いますが、勝って兜の緒を締めよとも言います。ブランドのコンセプトがどのようなもので、どの点にお客の支持があり、どこに経営のメリットがあるのかを正しく認識する必要があります。
特に大切なのは総売り上げではなく、客数や客単価。複数店舗を管理するのであれば、1店舗あたりの売り上げも重要です。また売れ筋商品の把握や仕入れ状況も細かく見ていく必要がありますし、各キャンペーンの費用対効果を知ることも重要です。
これを正しく認識するには、各店舗に置かれたPOSでの数字の集約が基本が最初の一歩です。最終的には経営者の勘がものを言うのかもしれませんが、その勘を働かせるにしても、ベースとなる数値があることは重要です。
この部分を常に意識し、着実に店舗数を増やしていただければと思います。