垂直農業をご存じだろうか。土地を水平に使い、作付面積を横へ広げてゆく従来型のタイプの農業を水平農業という。それに対し、土地を垂直に使い、作付面積を上へ伸ばしてゆくタイプの農業を垂直農業という。2000年代初頭より世界各地で台頭し始めた垂直農業が、今アメリカで改めて広がりを見せている。飲食店における取り組みなどを含めて現状をお伝えする。

垂直農業とは何か?

垂直農業(Vertical Farming)とは、文字通り土地を垂直(Vertical)に使い、作付面積を上へ伸ばしてゆくタイプの農業だ。一般的には建物の屋内に栽培設備を用意し、LED光線などを照射するなどして人工的に管理して作物を栽培する。作物を育てる農場というよりは工場と言った方が実態に近いだろう。

今日的な垂直農業のコンセプトは、1999年にコロンビア大学のディクソン・デスポミアー教授が発案したとされる。教授が発案した垂直農場は30階建てのビルを使って展開され、5万人分の食料を生産するという壮大なものだった。教授のアイデアは実現こそしなかったが、他の多くの者にとってのインスピレーションとなり、実際に垂直農業を開始する機運が世界的に高まった。2004年に設立されたエアロファームズも、そうした機運に乗った会社のひとつだ。

エアロファームズというスタートアップ企業

エアロファームズ(AeroFarms)は、2004年にデービッド・ローゼンバーグ、マーク・オーシマ、エドワード・ハーウッドの三人が共同で設立した垂直農業を展開する企業だ。会社の設立は古いが、同社は2015年から垂直農業を本格的に開始し、アグリテックのスタートアップ企業としての実質的なスタートを切っている。

AeroFarms 公式サイト
AeroFarms 公式サイト

エアロファームズの最初の垂直農場は、ニュージャージー州ニュアークにあった広さ3万平方フィート(約843坪)の屋内サバイバルゲーム・アリーナを改造して作られた。翌年2016年には、当時世界最大規模の広さ6万平方フィート(約1686坪)の第二農場兼本社を設立し、関係者の注目を集めている。製鉄工場を改造して作られた第二農場兼本社では、年間200万ポンド(約907トン)もの野菜が生産され、地元の消費地へ出荷されている。

エアロファームズの農場では水耕栽培で550種類以上の野菜や果物が生産されている。水耕栽培では土や農薬を使わず、水の使用量を最大で従来型農法の95%程度削減できるので、エコフレンドリーでサステナブルな農業が可能だ。エアロファームズは、今後地元ニュージャージー州を中心に垂直農場を増やしてゆく計画だ。

飲食店との連携加速、自ら垂直農業を始める飲食店も

なお、アメリカの消費者の間で垂直農場の認知と関心が高まる中、飲食店との連携も進んでいる。特に店内で垂直農業を行い、栽培した作物をお客に提供するケースが増えてきている。

ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなど全米主要都市で7店舗を運営する高級イタリアンレストラン「SERRA by Birreria」は、垂直農業用グリーンハウス開発のファーム・ワンと共同で、店内で5種類の野菜やハーブを栽培している。ネピテッラやペパーミントなどのハーブはカクテルに使われ、お客は摘みたてのハーブの新鮮な香りを楽しむことができる。また、イタリア料理に欠かせないバジルも摘みたてのものが使われ、みずみずしい触感を楽しむことができる。

ニューヨークにあるレストラン「Page at 63 Main」は、店内にアクアポニック(Aquaponic)システムを導入し、各種の野菜を栽培している。アクアポニックとは、水産養殖と水耕栽培を組み合わせた循環型の栽培方式で、魚の排泄物が植物の肥料となり、浄化された水が全体を循環するというエコフレンドリーな仕組みだ。店内の壁には垂直タワーが設置され、各種の野菜やハーブなどがらせん状に上に向かって栽培されている。テーブルの横の壁にもタワーが設置されていて、見た目は巨大な観葉植物のようだ。ほとんど「インドア農場」と化した同店には見学者が殺到し、飲食業関係者に加えて学校などの教育関係者による見学申し込みが後を絶たないという。

垂直農業が注目される理由とは?

ところで、なぜ今日垂直農業が注目されているのだろうか。その最大の理由は人々の環境意識の高まりだろう。特に世界的な水不足、食料不足、エネルギー不足という、地球全体のサステナビリティに疑問を投げかける人類共通の問題が深刻化している。垂直農業が普及し、従来型の水平農業をリプレースすることで、水不足の問題解決の一助となる可能性がある。

水耕栽培が中心の垂直農業では、従来型の水平農業のように水を多用せず、少ない水の使用で作物の栽培が可能だ。また、土や農薬も使わないため、土壌汚染や農薬による健康被害などのリスクも生じない。また、水平農業のように天候などの環境ファクターに生産が左右されず、安定して生産することが可能だ。現時点では、水平農業に対してコスト的に負けているが、垂直農業に使われるデバイスやプラットフォームの価格の低下や、使用するエネルギー量の削減が進むと期待される今後、コスト面でも優位に立つ可能性がある。

日本の垂直農業の現状

アメリカと同様、日本においても垂直農業のプレゼンスが高まっている。大手スーパーマーケットチェーンが店内に小型グリーンハウスを設置し、葉物野菜やハーブなどを生産して販売するといったケースが増えてきている。また、飲食店の中にも、店内に水耕栽培施設を設置し、レタスなどを栽培してサンドウィッチの具として提供するといったケースも出てきている。垂直農業への関心がさらに高まった場合、こうしたケースがさらに増えてくると期待される。

垂直農業への関心の高まりは、地球全体のサステナビリティへの人々の関心の高まりと歩みを同じくしている。特に、現在のグローバル食料サプライチェーンが抱えるフードロスという構造問題に対する関心の高まりと歩みを同じくしている。国連のレポートによると、2019年の一年間に全世界で9億3100万トンもの食料が廃棄されたという。資源不足とフードロスの問題が同時進行するという恐るべきパラドックスに対し、人類全体が疑問を持ち始めたのだろう。垂直農業は、そのパラドックスに対するひとつのソルーションになる可能性を秘めている。

参照サイト
https://www.nytimes.com/2022/04/06/business/vertical-farms-food.html
https://www.aerofarms.com/