アメリカの飲食店で進行している「チップフレーション」とは?

今、アメリカで「チップフレーション」が進行している。アメリカの飲食店では、伝統的にウェイターやウェイトレスに総額の15%程度のチップを支払うのが慣習だったが、それが近年では20%から30%程度に上昇しているという。また、飲食店以外にもチップを求める機運が高まっており、消費者から疑問の声が発せられつつある。アメリカでチップフレーションが進行する背景には何があるのか。現状をお伝えする。

もくじ

チップフレーションとは?

チップフレーション(Tipflation)とは、チップ(Tip)とインフレーション(Inflation)を合わせて作られた造語だ。アメリカでは現在もインフレが高止まりで推移しているが、インフレが常態化した今年2023年初め頃からマスコミなどで使われ始めたとされる。チップフレーションは、チップの相場がインフレーションのように上昇し、さらにこれまでチップが不要とされていた場所でもチップが求められるようになった一連のトレンドを表す言葉だ。

なお、アメリカではTipを「ティップ」と発音するが、日本語では「チップ」という言葉が一般的なので、本記事ではTipflationを「チップフレーション」と表記する。

チップフレーションが始まった理由

アメリカでチップフレーションが始まった理由だが、その最大のものは、やはりインフレの進行と常態化だろう。アメリカではインフレが現在進行形で続いており、生活コストが軒並み上昇し続けている。2023年7月時点で食料品の価格は対前年同月比で12.5%上昇、家賃も8.7%上昇している。生活コストの上昇に伴い、特に最低賃金で働く労働者の生活が立ち行かなくなり、チップに収入の活路を見出そうとする機運が高まったとされる。

また、インフレの進行とは別に、コロナ渦の最前線で働くエッセンシャルワーカーをチップで支援しようというムーブメントが高まったことも関係しているとされる。コロナ渦でもスーパーマーケットなどの食料品店やドラッグストア、一部の飲食店などは営業し、販売員や接客スタッフなどが接客を余儀なくされた。コロナ感染のリスクを負ってでも仕事を続けるエッセンシャルワーカーを心付けようと、消費者が料金にチップを上乗せしたとしても不思議ではない

インフレの常態化とエッセンシャルワーカーへの心づけという二つのドライバーがチップフレーションの進行を牽引しているようだが、実はそれとは別にもう一つの強力なドライバーがあるとされる。デジタル・モバイルペイメントシステムの普及だ。

デジタル・モバイルペイメントシステムの普及がチップフレーションを加速

大手コンサルティングファームのマッキンゼーの調査によると、2022年時点のアメリカのデジタル・モバイルペイメントシステムの普及率は82%に達したという。アメリカにおいては、特にタブレットやスマートフォンを使ったタップ式のデジタル・モバイルペイメントシステムの利用が急速に広がっている。また決済する側の飲食店や小売店の方でも決済用タブレットデバイスが広く使われている。

デジタル・モバイルペイメントシステムでは、支払いをタッチスクリーンで操作しながら行うが、その際に「チップを上乗せしますか?」という「選択式チップ支払画面」が標準で表示されるようになっている。つまり、デジタル・モバイルペイメントシステムにおいては「選択式チップ支払画面」がデフォルトで表示されるわけで、デジタル・モバイルペイメントシステムを導入したほとんどの飲食店や小売店においてお客にチップ上乗せを求める状態になっているのだ。

チップ不要とされていた場所でもチップを要求?

そのため、これまではチップ不要とされていた場所でも、お客に「選択式チップ支払画面」を求めるケースが一般的になりつつある。例えば、これまではドライブスルーではチップが不要とされていたが、多くのドライブスルーがデジタル・モバイルペイメントシステムを導入した結果、今ではドライブスルーのほとんどで支払い時に「選択式チップ支払画面」が表示されるようになっているという
同様に、これまではチップ不要とされていたスーパーマーケット、ドラッグストア、リカーストア、ベーカリー、テイクアウト専門レストランなどがデジタル・モバイルペイメントシステムを導入した結果、支払い時に「選択式チップ支払画面」が表示されるようになっているという。

レストランのように接客サービスを受けたわけでもないのにチップが求められることについては、多くのアメリカ人が「チップ疲れ」(Tip fatigue)を感じているという。ある調査によると、アメリカの消費者の70%が「現在のアメリカ社会ではチップが求められすぎている」と感じており、50%が「(デジタル・モバイル決済システムの普及により)より多くのチップを支払うよう誘導されているように感じる」と答えている。さらに、53%が「これまでチップが求められなかった場所でチップを支払うよう求められた」と答えている。チップフレーションの進行は、明らかに行きすぎの観を呈していると言っていいだろう。

アメリカ人がうらやむ日本の「チップ不要文化」

来日する多くのアメリカ人が、日本では飲食店やホテルなどにおいてチップを支払う習慣がないことに驚き、感銘を受けるという。筆者の友人のアメリカ人などは、初来日してレストランで食事をしてチップを置いて店を出たところ、店員が後を追ってきてチップを返されたとして非常に驚いていた。

日本の飲食店ではチップが不要であるのみならず、コストパフォーマンスが総じて高い。アメリカの主要都市では飲食店の値上げが続き、ニューヨークなどではラーメン一杯が20ドル(約3000円)もする状況になっている。それにチップを加えると26ドル(約3900円)にもなってしまう。そうした状況を鑑みると、チップフレーションでチップ疲れしたアメリカ人にとって、チップ不要でコストパフォーマンスが高く、しかも円安の日本という国は天国のような国に思えるだろう。日本の飲食店は、大きな観光資源になる可能性を秘めていると言っていいだろう。

関連リンク
https://www.forbes.com/sites/jackkelly/2023/08/01/tipflation-americans-think-tipping-culture-is-out-of-control-and-employees-should-be-paid-more/?sh=2b4524df3ae4
https://www.kiplinger.com/personal-finance/spending/tipflation