人々のニーズが多様化する中、右肩上がりの成長をし続けることが難しくなったと言われるこの時代に、19期連続の増収を果たしている飲食店があります。それが、「英国風パブHUB」です。
人件費や商品仕入れ価格が上昇する中、なぜ値下げなのか?
その勝ち目はどこにあるのか?
高級感のある個性的な店作りをしながら、一杯500円以下のカクテルを提供するHUBの底力と戦略を考えていきます。
1. 日本にパブ飲みを定着させたHUB
現在は、100店舗を超える「英国風パブ HUB」。店内に設置されたテレビやスクリーンに映し出されるスポーツ中継を見ながらお酒を飲むスタイルは、今ではひとつの飲食店の定番となっています。
HUBの2018年2月期(17年3月~18年2月)の売上高は109億8600万円で、対前年比+7.5%。経常利益は7億8000万円で、+2.0%となり、共に過去最高を記録しています。最終利益は4億9700万円。
HUBの創業者は、ダイエーの創業者として知られる中内功氏。1980年に神戸三宮に1号店をオープンし、多くの外国人を集客した言われています。ただ、キャッシュオンデリバリーというなじみのないスタイルが日本人になじまず、店舗を一気に増やすことはありませんでした。その後、親会社の解体や数度の営業譲渡を乗り越え、現在に至ります。
HUBの基本方針は「千円札1枚でいい気分」。手頃な価格設定で、ビジネスマンやOL、学生が、「普段の生活の中で気軽に、気楽に、気取らずに頼れる店舗」を目指しています。これは本場の英国パブに通じますが、店舗は決して安っぽい作りにせず、高級感のある内装になっていないのがHUBの魅力。お客が気持ちよく時間を過ごし、満足度を向上させる工夫が随所に見られ、それが多くのお客の支持につながっています。
2. メニュー改変により、500円以下の商品を拡大
HUBは、6月1日からメニューを刷新するという選択をしました。
HUBの見通しとしては、「単価が下がることで注文数が増えるため、客単価にそれほど大きな影響を与えない」ということに加え、「手頃な価格にすることで、より身近な存在となり、客数増につながって売上げは伸びる」としています。
値下げは決して目新しい戦略ではなく、多くの店舗が行ってきたものですが、今、これを大胆に断行したことが異例であり、HUBの強さでもあります。なぜなら、多くのパブや居酒屋は価格を上げる方向にあるからです。
3. 明暗が分かれたパブと居酒屋
HUBの強さを語る前に、現在の外食産業を取り巻く状況を見ていきたいと思います。
2018年1月に一般社団法人日本フードサービス協会が発表した資料によれば、2017年の外食産業全体の売上高対前年対比は103.1%。パブ・ビアホールの売上高対前年対比は102.7%、居酒屋は98.1%となっており、アルコール販売を主軸とする店舗は、業態によって明暗が分かれています。
客単価を見てみると、パブ・ビアホールは97.9%、対する居酒屋は100.1%。客数については、パブ・ビアホールが104.9%、居酒屋は98.0%となっています。パブ・ビアホールについては客単価を下げることで客数を増加させ、前年超えの売上げをたたき出しています。一方で、居酒屋は客単価を維持したことで客足が伸びず、売上げが前年を割り込んでいると言えるでしょう。
ただし、客単価は下がっても、商品単価は下がっておらず、むしろ上がっている現状があります。そのあたりを深掘りしていきます。
4. 低価格路線を選択した不景気時代の居酒屋
日本は、高級志向が強かったバブル景気から一転し、「失われた20年」と呼ばれる暗澹とした時代を過ごしました。その中にはリーマンショックもあり、消費者の財布のヒモがかたくなる一方で、客単価の安い外食が台頭するようになりました。牛丼チェーンがこぞって低価格を競っていたことを覚えている人も多いでしょう。あれが象徴的な現象でした。
その頃、アルコールを出す業態でも、チェーン店を中心に低価格戦略を打ち出すところが続出しました。その典型的な例が、均一居酒屋です。フードもアルコールも、1皿(1杯)300円以下の均一価格に設定し、薄利多売を目指したのです。
低い客単価でも利益を確保するためには、いかにして客席を増やすか。さらに、回転率を上げるかが重要になってきます。その結果、テーブルは小さくなり、座席の座り心地は優先されなくなりました。その究極スタイルが、立ち飲み業態。立って飲めば、自ずと滞在時間は短くなり、回転率を上げることができます。アルコールを主体とする業態は、こうして利益を確保していったのです。
5. 景気が上がり、メニュー単価は上がっても客単価は上がらない時代に
そして、時代は変わり好景気。(その実感がない人が多いと言われつつも)飲食業界は待ってましたとばかりにメニュー単価を上げ、繁華街で見かけた「○○円均一」の文字は激減することとなりました。
その背景には、業界が低価格に耐えられなくなっていた事情があります。円安や天候不順による食材の仕入れ値の変動。さらに、人件費の高騰。人の確保が難しくなったことにより、人材確保に要するリクルート費も上がっています。これらの要因から、激安居酒屋では経営が立ちゆかないという、さしせまった状況になっていたわけです。
格安の均一価格で名を馳せた「鳥貴族」が、昨年10月。28年保ってきた全品280円均一から価格を上げ、298円均一に移行したことも、この状況の厳しさを物語っています。
また、若い世代を中心に、酒を飲む量が極端に減ったことも居酒屋が苦戦する要因のひとつです。居酒屋では長年、フードの原価率は高め、アルコールの原価率は低めに設定されてきました。その上で、アルコールを複数杯飲む人が大半を占めることで原価率をコントロールしてきたのですが、アルコールを頼まない人が増え、食事利用として居酒屋を利用する人が多くなれば、原価率コントロールの根本が崩れてしまいます。そのため、フードの原価を落とすか、メニュー単価を上げなければ、全体の原価率が上がってしまう状況になっています。ただし、フードの量は不景気の薄利多売によってギリギリまで少なくなっています。量を減らすことができない居酒屋は、メニュー単価を上げる選択をするしかなくなっているのです。
実際、各種のデータを見ても、居酒屋の客単価が極端に上がったデータはありません。ただ、その裏には、減少する注文数と上がり続けるメニュー単価の攻防があるのが現実なのです。
6. HUBはドリンクの充実とフードの限定化にある
このような中にあって、HUBはなぜ、価格を大幅にさげることができたのでしょうか?
それが他店との差別化になるとしても、一般論を当てはめれば、内装などにコストをかけている以上、ここまでの大胆な値下げは大きなリスクがともなうはずです。
しかし、そこにはHUBの緻密な計算による勝ち目があり、今回の値下げを断行させていました。
「ビールはどこで飲んでも同じもの」が出てくるわけで、当然と言えば当然の発想です。そのため、産直の食材を扱ってみたり、季節限定のメニューを取り入れたりして、他店では食べられないメニューを提供していたわけです。
7. メニューを限定すれば原価率は低くなる
ただし、フードで個性を出していくのは一筋縄ではいきません。当然、一定以上のクオリティの商品を提供しなければならず、どうしても原価率が高くなってしまいます。目玉商品は原価率が50%を超えることも珍しくなく、中には、利益がほとんどなくても、「それを目当てに来るお客がいるならそれでいい」と考えるチェーンもあります。ところが、そもそも「飲まない、食べない」という人が多くなった現在では、やればやるほど首を絞める状況になってしまいます。
そこで、HUBは、フードに意識的に力を入れないことでメニュー数を限定して構成比を下げ、ドリンクの構成比を上げりようにしています。ドリンクの原価率は、フードに比べると圧倒的に低いため、全体の原価率は自然に下がっていくというわけです。
8. メニューを限定すれば、人件費もカットできる
また、レベルの高いメニューを提供しようとすると、腕のいい料理人を雇う必要がでてきます。ところが今は、人件費の高騰やレベルの高い人材の流動化により、安定的に人を雇えない状況があります。
HUBのメニューを見てみると、「生ハム&サラミ」や「ローストビーフ」「フィッシュ&チップス」など、調理が簡単なものがほとんどです。これらは、ある程度の下ごしらえがされた状態で店舗に納品できるものであり、シンプルなオペレーションでありながら、一定品質を保つことができるので、腕のいい料理人を雇う必要はなくなります。
さらに、これらのメニューは仕込みの負担を軽減することにも役立ちます。居酒屋では、夕方からのオープンにも関わらず、料理人が昼から忙しく仕込みをするという例もあり、長時間労働や人件費の高騰につながっています。これを避けることができるのは、経営面でのメリットが大きいといえるでしょう。
HUBは値下げをする裏で、これらの計算を緻密に行ってきました。そして、他店が値上げをする中、思い切った値下げは大きなインパクトとなり、客数を確実に伸ばせることも計算ずく。これを20期連続の増収増益につなげる算段というわけです。
HUBは、「2024年ビジョン」を掲げ、25年2月期に売上高200億円、経常利益20億円、店舗数200店を目指すことを発表しています。時代の流れに背いた大幅な値下げは、このための起爆剤。大胆な選択が、さらなる飛躍につながるのでしょう。
9. ちょい飲み時代のライバル対策
今や、居酒屋やパブのライバルは同業他店だけではなくなりました。牛丼の吉野家では「𠮷呑み」が始まり、ファミリーレストランのアルコールメニューも充実。さらには、コンビニエンスストアで買った酒を店頭や公園で飲むサラリーマンも珍しくなくなりました。こうなると、いかに店舗の価値観を提供するかというところに重きを置かなければ勝ち残っていけなくなります。
「コンビニの前で呑むより、居心地の店舗を利用しようよ」という訴求はしやすいかもしれませんが、ファストフードやファミリーレストランとの差別化はむずかしく、安い店作りをすればファストフードと差異を見いだしにくくなっています。しかし、おしゃれ感や高級感のある店作りをすれば、それなりの客単価を設定しなければ投資資金を回収することができなくなります。そのバランス感覚は非常に難しく、多くのチェーン店が苦しむところでしょう。
HUBの選択した、「高級な店作りであっても、手頃な価格で商品を提供する」と言う立ち位置は、優先順位が高いものを選択するために、それ以外を徹底して切り捨てたことで実現したものです。できるだけ多くの集客をするために、あれもこれもと取り組んでしまいがちなチェーン店とは真逆であり、それが新しい時代に必要な決断と言えるでしょう。
それぞれの店舗が、何を選択し、何を切り捨てるのか?
その判断が勝敗を分けるのです。
ライタープロフィール
原田 園子
兵庫県出身。 株式会社モスフードサービス、「月刊起業塾」「わたしのきれい」編集長を経てフリーライター、WEBディレクターとして活動中。