東海岸を中心に28店舗を運営するファミリーレストランチェーンのテンダー・グリーンは、今春からすべての店舗でのキャッシュレス化に踏み切った。また、別のファミリーレストランチェーンのスウィートグリーンも、最近までに全店舗をキャッシュレス化している。コーヒーチェーン大手のスターバックスも、本拠地シアトルで完全キャッシュレスの実験店舗をオープンさせ、実証実験を開始している。キャッシュレス化は、最近のアメリカの飲食業界における一大トレンドとなりつつあるようだ。
キャッシュレス化が進む理由
ところで、なぜアメリカの飲食業界でキャッシュレス化が進んでいるのだろうか。理由の第一は決済のスピードだ。クレジットカードや電子マネーであればスワイプかスキャンひとつで支払いが可能だ。現金による支払いではおつりを用意する必要があるし、高額な紙幣による支払いではおつりのカウントも面倒だ。キャッシュレス化すれば、そうした煩わしい現金のやりとりを完全に廃止できる。
また、キャッシュレス化を進めることで従業員による不正を防止することも可能になる。現金のやりとりが多い飲食店では、往々にして従業員による不正が生じる。キャッシュレス化することで店の売上を完全に透明化し、安全な状態にすることができる。また、店の売上を会計システムと連動させれば、迅速で透明な会計を実現することも可能になる。さらに、売上の現金を集計する必要もなくなるので、店のマネージャーの業務量を大きく減らすことも可能になる。
さらに、キャッシュレス化することで強盗や盗難の被害に遭うリスクも下げられる。アメリカではたびたび飲食店が強盗や盗難の被害に遭うが、キャッシュレス化して店内から現金をなくせば、高い確率で犯罪者のターゲットからはずされる。強盗は店に現金があることを知っているから強盗するのであり、店に現金がないことが周知されれば、犯罪者のターゲットにされるリスクを下げられるだろう。
キャッシュレス化のリスク
一方で、キャッシュレス化にはリスクもともなう。まずはキャッシュレス化することで現金での支払いを好むお客を失ってしまうことだ。アメリカは相当なクレジットカード大国だと一般的に認識されているが、実際のところ、18歳から37歳のアメリカ人の三分の一以上がクレジットカードを持っていないという。店をキャッシュレス化することで、そうしたお客に逃げられる可能性は相当高い。
また、キャッシュレス化することで社会的弱者を店から排除してしまうというリスクもある。一般的にアメリカのファーストフードレストランは販売単価が低く、貧困層の人達が好んで使う店になっているケースが多い。店をキャッシュレス化してしまうと、クレジットカードや電子マネーを持たない貧困層の人が利用できなくなってしまう。また、未成年のお客の多くもクレジットカードを持っていない。
一口にキャッシュレス化といったところで、キャッシュレス化にはプラスとマイナスの両面がある。そうした両面をふまえた上で、筆者の予想では、アメリカの飲食業界は今後、完全キャッシュレス化を強くに志向する店と、現状維持を続けながらあらたに電子マネーなどに対応する店とに二分するかたちで、キャッシュレス化が進むと考える。
ところで、日本の現状は?
ところで、飲食店のキャッシュレス化についての日本の現状はどうなっているのだろう。日本の飲食店のキャッシュレス化は寒い限りで、クレジットカードに対応してない飲食店の数が欧米にくらべてはるかに多いとされる。ある調査によると、2017年度における日本の飲食店のクレジットカード決済導入率は73%程度で、10店のうち3店弱でクレジットカードが使えないという。
電子マネーについてはさらに寒い状況で、日本の飲食店のわずか13.5%しか対応していないという。電子マネーについては「普及以前」の状態で、決済手段としては確立しているとは到底いえないだろう。後述する「電子マネー先進国」中国に対し、日本は電子マネー発展途上国であるとせざるを得ない。
一方で、日本でもキャッシュレス化を進める機運は生じつつある。大手ファミリーレストランチェーンのロイヤルホールディングスは、昨年東京の馬喰町に完全キャッシュレスのレストラン「GATHERING TABLE PANTRY」をオープンさせた。同店では現金による支払いはできず、クレジットカードや電子マネーでしか支払いができない。お店の運営も極力省力化され、注文もタブレットから行う。
店員の負担軽減を目的に導入されたというロイヤルホールディングスのキャッシュレス店舗だが、店の位置づけはあくまでも実証実験のための店だとしている。人手不足に悩む日本の飲食業界における、極めてチャレンジングな取り組みであるとはいえるだろう。
今後の展開はどうなる?
いずれにせよ、日本やアメリカを含む世界中で、今後飲食店のキャッシュレス化が進むことは間違いないだろう。特に電子マネーの普及が確実視される中、電子マネーに対応するキャッシュレス飲食店が増えることは確実だろう。
モバイル決済の普及率が98.3%に達する「電子マネー先進国」の中国では、屋台での支払いも電子マネーで行う状態になっているという。個人営業の饅頭屋ですら電子マネーが当たり前で、店頭に置かれたQRコードを印刷した紙を、お客が次々にスマホでスキャンして饅頭を買ってゆくという。
中国には全国規模の金融システムが存在しなかったゆえにモバイル決済が普及したという、いわゆる「リープフロッグ現象」が発生しているわけだが、飲食業界のキャッシュレス化を、中国が牽引する可能性は小さくないだろう。モバイル決済の普及率がわずか6%とされる日本が中国の後塵を拝することになりそうなのは、もはや確定的だといっていいかもしれない。
<関連リンク>
poscube クレジットカード・キャッシュレス決済連携
参照:
http://www.synchro-food.co.jp/news/press/2264
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1712/20/news055.html
http://president.jp/articles/-/22419
ライタープロフィール:
前田健二
東京都出身。2001年より経営コンサルタントの活動を開始し、現在は新規事業立上げ、ネットマーケティングのコンサルティングを行っている。アメリカのIT、3Dプリンター、ロボット、ドローン、医療、飲食などのベンチャー・ニュービジネス事情に詳しく、現地の人脈・ネットワークから情報を収集している。